捜索ごっこ(終)
さて。今あたしたちが居るのは三階。ま、当然だよね。部屋に戻ってきたんだし。時間は消灯の少し前。この時間ほとんどの子達は自室に居る。だからと言っていちいち部屋を廻るのはめんどくさい。その上、あたしはほとんど知り合いが居ない。ならばどうするか。
簡単。ほとんどが自室に居るが全員ではないのだ。その『ほとんど』から洩れた人達のところに行けばいいのさ。
カナエちゃんはどうやらあたしに全て任せる気らしく、ホワイトボードには何も書かずただあたしを見つめてくる。うあ、そんな期待のこもった瞳で見られると照れくさいんですけど。
「とりあえず、二階に行くよカナエちゃん。そこで聞き込みだ」
と、カナエちゃんと一緒に二階へ行こうとすると、目の前を見たことがあるような姿が歩いていた。
後ろを向いているので誰だかイマイチわからないけど、とりあえず見覚えあるし、もしかしたらってこともあるし……うん。消灯までに見つけなきゃだし、ダメもとでもなんでもいいから手始めに目の前を歩く彼女に訊いてみよう。聞き込みなんてのは数をこなしていくのが基本だしね。
さって、そうと決まれば善は急げ。その急ぎたるや夜間列車の比ではない。てーことで、さっそく訊ねてみまっしょい。
「すいませーん」
あたしはパタパタと駆け寄りながらそう声をかけてみた。
近づくにつれ彼女の見覚え感が高まる。うーん、誰だっけなぁ。
身長はあたしと大差ない感じ。髪は茶色っぽい黒髪を後頭部で纏めている。四方八方に毛先が飛び出ている特長的な髪型は、多分シニョンかな。んで、なんでかこの時間に制服着てる。
と、その制服姿が振り返った。あ、見たことある見たことあるすっごい最近見たよこの子。あーえっと誰だっけ?
「なんですか?」
そう言う彼女の口調は丁寧ながらもどこか不機嫌で、切れ長の目つきが見るからに冷たい。うわぁ、声かける人間違ったかな。そう思わないでもない。
しかしいきなり頓挫するのは後に愁いを残すし、何より誰にでも躊躇しないのがソノちゃんクオリティ。ま、声をかけてしまった手前引くに引けないというのもあるんだけど。
「えっと、」
「……椎本苑さん、でしたっけ?」
あたしが何か言おうと口を開くと、それを遮るかのような絶妙なタイミングで彼女はそう言った。むむ、なんであたしの名前知ってんのさ。
「ハァ、私は赤穂瑞希。出席番号一番、あなたと同じクラスですよ」
あこう……アコウ…………アンコウ。う〜ん、どう目を凝らしてみても目の前の自称『あたしの同級生』がお魚の仲間だとは思えない。
「ちょっと、なんか失礼なこと考えていません?」
「チッ、勘のいい……」
「――聞こえてますよ?」
やべっ。思わず声に出しちゃった。ま、勿論わざとだけどね。や、ほら。なんかさ、こう硬そうで真面目そうなヤツって無条件でからかいたくなるじゃない。イチイチ敬語! なんとなく醸し出されている委員長オーラっ! もう、完璧にからかって遊びたいっ!
どうにかしてお友達になれないかな。
「まぁ、いいです。それで、何か用なんですか?」
用……あ。
「そうそう。枯葉紅葉ちゃんって知ってる?」
「二年生……中等部生のですか?」
「うん。知ってるなら話が早いや。どっかで見なかった?」
「見ましたよ」
うっわーお即答ですか。
ちょ、えー? そんな一人目でいきなりわかっちゃうってどうなの? せっかく士気を上げて気合入れて意気揚揚とカナエちゃんを引っ張りながら、徐々に手に入っていく断片的な情報を繋げて、カナエちゃんの感謝と尊敬の念を一身に浴びつつハッピーエンドを迎える予定だったのに……。ふっ、結局いつの世も予定は未定だと言うことか。世知辛い世の中だなぁ。
「ちょっと苑さん。なにを百面相してるんです?」
「失敬な! あたしはその気になれば二千面相くらいはかるいわ!」
「きゃっ。ちょっと、いきなり大きな声を出さないで下さい。まったく、こっちは長時間労働で疲れているんですから……」
なにやら見た目に反した可愛らしい悲鳴を小さく上げた後、瑞希さんはぶつぶつと呟いていた。何を呟いたか上手く聞き取れなかったが、今はそんなことどうでもいいのでサクッと無視する。
「カナエちゃんよろこべ〜……あれ?」
ぐりんと身を捻りながら笑顔で振り返ると、ついさっきまであたしにくっ付いていていたカナエちゃんが居なくなっていた。おかしいな、どこ行っちゃったんだろ? きょろきょろと高級ホテル並みに――泊まったこと無いけど――広い廊下を見渡す。むぅ?
「ソノさん」
「ん、なに?」
あたしは振り返らずに背を向けたまま応える。あれー、カナエちゃんホントにいないし。せっかくモミジちゃんに繋がる重要参考人をこうして捕まえたのに。今度はカナエちゃんが迷子か? いや、確かに寄宿舎は広いけど迷うほどじゃないぞ。て言うかカナエちゃんは一年間ここで暮らしてたんだよね。ならそもそも迷うわけ無いし……。
「天羽叶、枯葉紅葉と知り合いなの?」
「ノン! 友人一号と二号さ」
「あの二人と、交友を?」
「ついでにカナエちゃんとは同じ部屋」
ちょっと自慢げに言ってみてから、さっきの微妙なニュアンスの含み方に疑問を持つ。なんだろう、驚いたというよりもどこか疑わしげな言い方だな。
あたしはカナエちゃん探しを一時中断し、赤穂瑞希さんとやらに身体を戻す。ああ、変に身体を捻ったままだったから腰が地味に痛い。
「あの二人がどうかしたの?」
「いえ、別に……」
瑞希さんは無表情に視線を逸らした。
「それより、何か訊きたい事があったんじゃないですか?」
「あ、そうだった。モミジちゃんをどこで見たの?」
視線どころか話まで逸らされたようだが自分がなにをしていたか思い出し、若干の気持ち悪さを感じながらも追及するのは止めた。それよりも今はモミジちゃんだ。実際この時間まで見当たらないというのはいくら学園の中と言っても心配になる。
瑞希さんはあたしをちらりと一瞥すると小さく、しかしまるで聞こえよがしに溜め息を吐いた。む、なんか感じ悪いぞ。
思うも、今はとりあえず気づかない振りをしておく。今はそんな些細なことに構ってられないしね。それに、クラスメイトなら報復のチャンスは幾らでもあるし、この件のお礼も兼ねて目にモノを見せてくれるわ。けけけ。
「枯葉紅葉なら生徒会室にいますよ」
「生徒会室?」
なんだってそんな一般生徒が行きたくない場所ベスト5にいるんだろう?
「それじゃ、私はこれで。おやすみなさい」
あたしが心中で首を傾げていると、これでもう用は済んだとばかりにおざなりな挨拶を残してスタスタと歩み去って行った。
「あ、ちょっと」
「まだなにか?」
足を止めると不愉快そうに振り返った。おお、表情はコレでもかというくらいにさっきまでと同じ無表情なのに、身から不愉快と不機嫌が実体をもって立ち上っている。ここはカナエちゃんのかわいさ溢れる小動物オーラで対抗するしかない!
さぁ、カナエちゃん!
……あー、そいやいつの間にかいないんだった。まぁ、居たところで怯えるだけかな。びくぅ、とかしそうだな。うん。めっちゃ見てみたい。今度、瑞希さんをわざと怒らせてからカナエちゃんと対面させてみよう。カナエちゃんが涙目で怯えるにしろ、その愛らしさに、瑞希さんが和むにしろ、あたしとしては見てて楽しい。
「用が無いのなら帰りま」
「ストップ! ごめんごめん。つい悪だく――げふんげふん。あー、考え事を……」
「……」
瑞希さんの言葉を遮り慌てて謝る。途中なにかイランことを言いそうになったが、何とか誤魔化す。
あたしの言葉に瑞希さんがジト目で睨んできた。よく見ると眉のあたりがピクピクと痙攣している。どうやら怒らせてしまったようだ。
――はっ! もしかしてあたしってばこの無表情娘の表情を崩すことに成功しちゃった!?
っと、いかんいかん。これじゃ堂々巡りだ。気を取り直して、
「ありがと」
「……は?」
「情報の提供、感謝します」
びしっ、と以前なにか余計なことをやらかした兄貴が上司に向かってやっていた敬礼を思い出しながらやってみる。あの時の兄貴とは違い、笑顔で。
「――ふん」
瑞希さんは小さく鼻を鳴らすと立ち去っていった。って、はやっ。瑞希さんはまるで競歩でもしているかのような早歩きで、ぐんぐんと遠ざかっていった。そして、角を曲がり姿を消した。
……あれ? 帰るんじゃなかったの?
寄宿舎の部屋は学年ごとに階で分けられている。あたしと同じ学年なら、彼女の部屋はこの階のはずなんだけど。まぁ、いいか。