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シフト  作者: 鳩梨
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ミッション・コンプリート

 驚きの他に、どこか恐れのようなモノを浮かべるカナエちゃんに、あたしは笑みを向けて話しつづける。

「そりゃ、たまに生意気なヤツめ。とか思ったりもしたけど、この数日でそんなとこも含めて好きになっちゃった。……そうだね、こうして広いお風呂で密着してじゃれる程度には好き」

 二人だけで居ると無駄に思えてしょうがない広さを誇る浴場に、あたしの声が小さく反響する。ときおり、シャワーから、ぴちゃん、という水が滴り落ちる音が拡散反響して耳に聞こえるのをBGMにしながら、あたしは会話を続ける。

「カナエちゃんはどう? あたしのこと嫌い?」

 訊いてから、あたしは苦笑する。

「たった数日だけだし、わかんないよね。まだ」

 でも、と続ける。

「たった数日でもわかることはあるし、これからも色々わかっていくと思う。好きなとこは勿論嫌なとこも。当然、あたしの嫌なとこも見せちゃうと思う」

 そこまで言うと、不意にカナエちゃんが首に回しているあたしの腕に、小さく細い華奢な指を当ててきた。

 ? と首を傾げた途端――

「ふえ――っ!? 、ちょ、や、やめてカナエちゃん! ダメ! あたしはくすぐったいのはノーセンキュー!」

 つつーと当てた指が動き出した。

 あたしは抱きかかえたような状態のカナエちゃんを離さないままに、必死で抗議の声を上げる。いや、マジでくすぐったいのはダメなんだって。ひーっこ、呼吸が苦しい。

 しばらくして、あたしはカナエちゃんが腕に文字をなぞっているのだと理解する。

 あたしは精一杯にくすぐったいのを我慢して、よじりそうになる身体を堪える。


 ――きらいじゃない


 まずはそう書かれた。

 次いで、


 ――こうしているくらいには


 と書かれた。

 あたしは告げられた事実に、自然と満面の笑みを浮かべる。

 だって、嬉しいじゃないか。

 カナエちゃんは書いてから恥かしくなったのか、他人の家に来たネコのようにおとなしくなった。向けていた顔は俯いていて、髪から覗く耳はこれでもかと赤い。態勢も、崩れていたものから膝を抱えた、体操座りみたいなのになっている。

 あーもーかわいい!

 妹がたらこんな感じなのかな、とあたしは抱きしめる力をほんの少し強めた。

 女子校ということや、実際のそう言った例とかアキラさんのせいで、あたしは必要以上に色々気にしすぎていた。けれど、お風呂といういわゆる裸のつきあいをすることで、そんな屈折した、偏見じみた考えは消えた。そうさ、これくらいは全然普通のこと。変に気にするからおかしくなる。

 明日からは、もっと楽にいこう。

 あたしはそう思い、これまで通りの自分でいようと決めた。まぁ、多少は高校生らしく変わる気でいるが。

 さて、カナエちゃんとの仲を深められたことで、まずしなきゃいけないことがるよね。

 あたしは抱きかけた状態のカナエちゃんを一時的に解放し、向かい合うような態勢にする。

「さて、カナエちゃん。あたしはさっきから、ずぅ〜っと言いたいことがあった。聞いてくれる?」

 カナエちゃんは不思議そうにしながらも、コクコクと頷いた。顔は今もほんのり赤いが、長湯してるせいかもしれない。

「いい? カナエちゃん。お風呂にはね、絶対に守らなきゃいけない鉄の掟があるの」

 ? と疑問をうかべるカナエちゃん。やっぱりそうか。この子はわかっていないらしい。

 ならば、ここは先輩として、友人として、何よりお風呂の鉄則を知る者として、この無知なお嬢ちゃんに教えてあげねばなるまい。

「カナエちゃん」

 あたしは警戒心を与えないよう、自分が思うとびっきりのスマイルを浮かべる。そう、スマイル0円を謳う某ジャンクフードショップでもお金を取れるくらいのとびっきりのスマイルだ。

 ぽん、と肩に置かれたあたしの手に、カナエちゃんは持ち前の小動物パワーで危機を察知したのか、ビクリと大きく震えた。それと同時に顔が引きつる。

 だが、あたしは気にせず

「前々から言おう言おうとは思ってたの。けど、カナエちゃんたら恥かしがりやさんね、てなんとか自粛してたのよ。けどね、それももう限界」

 カナエちゃんが明らかに怯えだすが、あたしは止まらないし、お風呂大好きっ子としては止まれない。

 だから、今まで言わずに置いたことを言う。

 すー、と大きく深呼吸して、


「お風呂では、タオルを外す!」


 言った途端、

「ああ、こら逃げるなカナエちゃん! ダメよ! これは鉄則で言わば法なのよ! お風呂法! 破った者は強制的にひん剥かれると決まってるんだからっ!」

 ざばざばと逃げ出そうとするカナエちゃんをがっしりとホールドする。

 カナエちゃんはイヤイヤをする子供みたいに、これから起こるタオル剥きの刑に抵抗するが、そんなことであたしの手が緩むはずが無い。

 むしろ俄然やる気になる、ちょっと嗜虐心の芽生えちゃったあたしがいたりする。

「へっへっへ。さぁ、カナエちゃん。タオルを脱ぎ脱ぎしましょうね〜」

 ああ、ダメだ。顔がものすごくニヤケてしまう。

 カナエちゃん半泣き。そこがまたあたしのイケないトコロをくすぐる。

 赤いモノを見た闘牛並みに興奮しているあたしを止められるものなどいない。止まる気も無い。何より、邪魔する者はいない。

 カナエちゃんの両手を片手一つで拘束し、抵抗の手段を排除。あたしは空いたもう片方、当然利き手で、カナエちゃんの身体に巻かれているタオルをひっぺがす。

 しかし――

「……あれ? もしかして、あたしって微妙にカナエちゃんにすら負けてない?」

 あたしは露わとなったカナエちゃんの裸身の一点、おへそより上、首より下の位置を見て、愕然とする。

 確かに服脱いでる時なんかはチラっとしか見てないけど、あまり大差ないように見えた。けれど今、こうして間近で自分のと見比べると……。

 そんな風に検分していると、カナエちゃんが大きく腕を振るってあたしの拘束から容易く脱出した。

 カナエちゃんはあたしから距離を大きく摂ると、涙目でこちらをキッと睨み。肩を抱いて胸を隠している。

 ……まぁ、それはいいよ。それよりも……。

 え、あれ? ちょっと、待って。中学生、それもあきらかにおこちゃまな体型のカナエちゃんにすら負けるあたしって、もしかして……貧乳よりもランクが劣る、虚乳?

 え、ちょ……。

 あたしは若干のぼせ気味になりながら、しばらく茫然自失状態をリアルに体感していた。



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