やばいって
正面玄関から寄宿舎内に入ると、そこは外観同様中世で貴族だった。
吹き抜けのエントランスホール。敷き詰められた高級感漂う真紅の絨毯。天井に下がったシャンデリア。ダンスパーティでも開けるんじゃないのか。ここ。てかここ日本だよね?
「どう? すごいでしょ」
ボケッと突っ立っていると、アキラさんがそう苦笑気味に言った。うん。すごいよこれ。思わず自分の服装確認しちゃったもん。場違い? とか思ったし。
そうそう。あたしは今、昨日届いたばかりのこの学校の制服を着ている。どっかの有名な人がデザインしたものらしく、かなりかわいい。スカートにブレザーと学年で色の違うリボンタイ。色合いもだが、細かな部分もさすが有名デザイナーと誉めて遣わしたくなる。
――何様のつもりか! とか言うツッコミは軽くスルーする方向で行くのであしからず。
「それじゃあね。ソノちゃん」
「はい。断ったって言うのに、わざわざありがとうございました」
「フフ。それは嫌味かしら」
「これを謝辞や感謝と取れるなら少し尊敬します」
「それじゃあ、そう取るわね」
そう言ってアキラさんは上品に微笑んだ。むむ。手強い。
「わたしの部屋は406なの。良かったら遊びに着てね。では、ごきげんよう」
うあ……。ごきげんようとか言う挨拶初めて使われた使ってる人見た。こう言う時ってあたしも『ごきげんよう』で返したほうがいいのかな?……ヤだなぁ。なんか、どうよ?
「良かったら、アキラさんも遊びに着てくださいね」
とりあえず、あの人のおかげで少し助かったのは事実だ。あんな御礼のしかたじゃなくて、ちゃんとお礼しないと。
「……え?」
「ありがとう。助かりました」
あたしがそう言って頭を下げると、アキラさんはちょっとぽかん、とした後上品に笑んでから、手を振って寄宿舎を出て行った。ホントなんか上品な仕草が似合う人だな。上流階級の人なのだろうか。
とか思いながら見送って。見送ってから自分の愚行に気付いた。
――あの人、あっちの世界の住人さんじゃん。
血の気が引くとはこのことか。つか、あたしのアホたれ! 何してんの言ってんの! 相手は“オンナオオカミ”とか呼ばれてるような人だぞ。それを自分の部屋に呼ぶなんてっ。しかも下手すりゃ同室の子まで被害が及びかねないって言うのに!ああもお!幾らあたしでも“オンナオオカミ”から何が連想されるかわかってるだろ。
そこまで考えて、はたっ、と気付く。別にあたしに手を出すと決まったわけじゃないじゃん。そうだよそう。別にあたしはオオカミに食べられるような美味しそうな容姿はしてないし。うん。なんかすごいへこむけど事実だ。
相手はオオカミと呼ばれるほどなんだから、別にあたしに手を出す必要性は皆無じゃない。なんだか自意識過剰みたいで、さっきの考えはみっともないな。
もし遊びに来て同室の子が食べられそうになったら、温かい目で見守ってあげよう。まぁ、実際にそんなことになったら逃げるけどね。
そんな、まだ見ぬルームメイトをスケープゴートにすることを勝手に決めつつ、階段を上がる。おおっ。絨毯に足が吸い込まれるような感じがする。踏んで歩くのが恐れ多い気がしてくるな。そう思いながら親の仇のように力強く踏みつけて歩く。なんか楽しいぞ。
寄宿舎にはあまり人はいないようだ。自分の部屋につくまで誰にも会わなかった。まだ学校始まってないし、当たり前か。とか思うが、一週間前には寄宿舎にいなきゃいけないんじゃなかったっけ? と首を捻る。おや?こんだけ大きいのだから、寄宿舎生が少ないわけは無いだろうし。
まぁ、いいや。あたしは考えてもわからないことを考えるのは嫌いだ。無駄だし。だから同室の子に訊けばいいや、と思考を中断する。
扉のプレートを見る。
308。
うん。ここだ。中からは話し声が聞こえる。なぜか一人分だけ。……もしかして、同室の子は不思議ちゃんなの?それはそれで嫌だなぁ。面白いだろうけどさ。
コンコン。
と、扉をノックする。すぐに「はーい」と言う元気な声が聞こえてきた。礼儀というものを心得ているあたしは、その声とが終わると同時に勢いよく扉をあけた。こういうのは最初が肝心なのだ。元気よくフレンドリーかつ勢い任せで!
「こっんにちはー! あたし、今日からここに住む椎本苑! そーちゃんでもソノちゃんでも、呼びやすいと思う呼び方で呼んでくれぃ!!」
突然の訪問者に、中に居た子達はぽっかーん、としている。よし。機先は制した。と内心でガッツポーズ。そして疑問。なぜ二人も居るのだろう?
室内には二人の少女が居た。ボブショートの元気そうな子と、ゆるいウェーブで長い髪の人形みたいな子。
寄宿舎の部屋はどれも二人部屋らしい。だから、二人も居るのはおかしいのだが、まぁ、どっちかが他の部屋のお友達なのだろう。そう思い、いまだ停止状態の二人に笑顔でこちらから。
「おーけい?」
そう訊ねる。先に動き出したのは元気そうな子だった。
「はい?」
怪訝そうにそう返す。むむ。疑問系に対して疑問形で返すのはルール違反だということを知らないのか。なーんて了見の狭いことは思わない。あたしも良くやるし。むしろ、疑問に疑問で返すのは良答だと思っている。
人形少女は元気そうな子の服をぎゅっと掴んでおそるおそる、という感じにあたしを窺っている。
――ああ……。すごくいじめたい。
そこはかとなく嗜虐心を揺さぶられるが、それは今は置いておくことにする。仲良くなったら実行しよう。と、心のやりたいことメモに書き込んでおく。
「えっとね。あたしは高等部の新入生なの。んで、この部屋が今日からのあたしの住処。寝床。城」
あたしは丁寧にそう教えてあげる。あたしとしてもさっきの勢い任せの自己紹介が通用するとは思っていない。
「あ、ああ。そうなんですか」
納得したみたいな顔で元気そうな子は頷いた。人形少女はなぜかまだ怯えている。
「そうなのよ。で、あたしは自己紹介したよ。今度はそっちの番」
あたしはそう促す。何かを話すにしてもまずは相手のことを知らなくては。せめて名前くらい。できれば趣味とか。可能なら好きなものとか。教えてくれるならスリーサイズとか。
「そうですね。わたしは、枯葉 椛です。中等部二年生で、隣の部屋です」
そう言ってから、元気そうな子――モミジちゃんは自分の服を掴んでビクビクしてる人形少女を促す。あたしってそんなに怖いかな〜。さっきの先制攻撃で怯えさせちゃったのかな?ううむ。むつかしいなぁ。色々。
「ほら、カナ。ちゃんと自分で挨拶しなきゃ。失礼だよ」
そう言われると、人形少女はかわいそうになるくらい怯えた表情でイヤイヤをしだした。
……なんか、すごいかわいい。なんだこれ。こんな子が外に出たら即行でヘンタイ誘拐犯に拉致されそうだ。
「すみません。この子、こんな感じで臆病で」
苦笑しながらモミジちゃんがそう謝った。うん。臆病なのは見てたらわかるよ。モミジちゃんは人形少女改め臆病少女とかなり仲が良いようだ。信頼されている。モミジちゃんのほうもそれ対してまんざらでもないような感じだ。仲良きことは美しきかな。
「この子は、天羽 叶。ソノ先輩のルームメイトになります。それと……」
そこまで言ってからモミジちゃんは表情を曇らせてから、臆病少女――カナエちゃんを見、口を開いた。
それを聞いたあたしは、アキラさんとお京さんの反応の意味を知った。