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シフト  作者: 鳩梨
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ミッション1

 数時間前のダイジェストメモリーから、現状へと思考を復帰。

 カナエちゃんは今、長くてふわふわな亜麻色の髪をシャンプーでわしゃわしゃと洗い中。

長い髪を洗うのはいつも思うが大変そうで、肩口で適当に切っちゃってるあたしとしては、羨ましいけど簡単でいいやと安心してみたり。

 カナエちゃんは髪を洗うとき、いつも目を瞑っている。泡が目に入るのを恐れているのだろうけど、ぎゅっと瞑ってどこかぎこちない動きで髪を洗う姿は、正直とってもラブリィ。手伝ってあげたくなるのだが、カナエちゃんはそれを断固として拒否するもんだから、指をくわえて、と言うわけでもないが大人しく見てるしかない。

 ああ、手伝いたいっ! ほらほらぁ、ああもうもう。惜しいよカナエちゃん、シャワーのコックはもう少し先!

 カナエちゃんは結構生真面目で几帳面だ。身体や頭を洗う時、必ずシャワーを出しっぱなしにしない。ちゃんと止めておく。あたしなんか、面倒臭いからって出しっぱなしにしていたらカナエちゃんに睨まれた。だから今ではあたしも洗っている最中はシャワーを止めている。

 浴場内にまでホワイトボードを持ってくるわけにはいかないからか、浴場内での意思伝達方はジェスチャーや視線だ。たまにわかり難い時があるが、一生懸命に意思を伝えようとがんばる姿が、可愛すぎる。

 ジェスチャーゲームでこちらの意思通りに伝わらない時や、相手の意思がわかり難い時なんかとてもイライラするが、カナエちゃんは別だ。別ばらだ。見てて楽しい。

 はっ。いかん。あたしも見惚れてないで頭洗わなきゃ。

 ボディソープやシャンプー、リンス等々必要品は、ほとんど浴場に備え付けられている。肌のことや好みで違う物を使いたい人は、寄宿舎内にある購買で数種類用意されているのを買えばいい。

 あたしはそんなの気にしないので、洗顔リーム以外は浴場備え付けのを使用。さすがに洗顔クリームは自分の好きなヤツを使いたい。

 がぁーっと頭を適当に洗う。あたしは三回に分けて頭を洗う人なので、最初は適当。爪を立てないよう気をつける。んで、ジャーッと流す。また洗う。今度は揉むように。で流す。また洗う。今度はマッサージするみたいに。両者は似ているようで違うのだよ。とか誰かに説明を交えながら洗い終え、流す。

 頭、てか髪の洗浄を終えたあたしは何となく隣に目を向けてみた。偶然にもカナエちゃんもこっちを見ていたらしく目が合ったのだが、すぐに逸らされた。カナエちゃんはまだまだ不機嫌満開らしい。

はぁ、と肩を落としながら、あたしは並みの温泉以上の大きさを誇る浴槽に入る。きちんと肩まで浸かってみる。半身浴ってのもあるけど、アレはダメね。お風呂ではふにゃ〜ってなるまでだらけないと……ふや〜。

 いいねぇお風呂は。日々の疲れが一息に吹き飛ぶ。肉体的なものはもとより、精神的疲労なんかも吹きとぶ気がするね。お風呂というモノを最初に思いついた人を誉めてあげたい。

 どーでもいいけど、お風呂の英訳であるバスってのは、イギリスにある温泉街バースが語源なのよねぇ。たしか三つの源泉からなる温泉だっけ。歴史ある温泉。一度でいいから入ってみたい気もするけど、無理っぽいよねぇ。

 はふ〜とふやけにだらけを加味した溜め息を吐く。

 洗い終えたカナエちゃんも浴槽に入ってきたが、あの、カナエさん。なしてそないに距離をおかれるんどすの? 二人しか居ないんだからもっと近づこうよ。ソノちゃん悲しい。

 カナエちゃんは浴槽に入る時は髪を結ばずに桶に入れている。カナエちゃんのフワフワヘアーを入れた桶は、ぷっからぷっからとカナエちゃんの周りを遊覧浮遊している。弛緩しきってへにゃっているカナエちゃんがとてもキュート。

 たとえ不機嫌な人でもふやけさせるお風呂マジック。すごいぞお風呂さすがだお風呂。

 さて。やたら大きなそこいらの温泉以上の浴槽。なんと作りは大理石。無駄に金かけてる。マーライオン居るし。じゃばじゃばお湯を吐き出してるし。

 そんなことを考えながら、あたしはゆっくりとカナエちゃんに近づく。向こうが距離を開けるなら、あたしは距離を詰めないとね。いやぁ、別にいやらしいことなんて考えてないっすよ。

 へっへっへとか脳内で笑いながら気配を消してゆっくりと近づく。無駄に大きい浴槽、二人しかいない、向こうは弛緩しきって気付いていない。これはもう絶好のチャーンスっ。

 ふふん。あたしの考えはこうだ。

 カナエちゃんはかなりご立腹していてまともに謝っても許してくれない。つまり正攻法は無理。ならばもう変化球でいくしかない。それも生半可な変化球じゃあダメね。カーブやスライダーなんて面白味にかけるわ。いっそナックルとかムービングファストボールとかスプリットフィンガーファストボールとか、(どれがどんなモノなのかはよく知らないけど、きっと名前から察するにスゴイに違いない。)あからさまに正攻法じゃあないものがいいわね。……それにちょっと言いたいことがあるしね。

 カナエちゃんは壁際の方で肩まで浸かって、ばばんがばんばんばんな状態になっている。うんうん。ちゃんと肩まで浸かって百は数えないとね。

 ゆっくりと近づきながら、あたしはあらかじめ用意しておいた桶を頭にかぶり潜水モードに移行する。ふっふっふ。実はこのミッション。ずっとやりたくて前々からいつやろうかと隙を狙っていたのさ。いつもならモミジちゃんが居て、こういうことをすると怒られちゃうけど、今日に限っていない。ナイト様のいないお姫様は今日こそ悪者の魔の手にかかってしまうのだ。

 当初の目的であるはずの『許してもらう』が、どんどんどうでもいい事に潰されていくが、そこはそれ。ソノちゃんマジック。

 …………てか冷静に考えると、なんであたしは年下の子にこんなにも弱いのだろうか? ふと疑問に思い首を傾げる。勿論潜水しながら。

 ううむ。アレかな。上しか居ないから下の子に対してお姉さんぶろうとして、逆に失敗してるとか? いやいや。そんなまさか。むしろモミジちゃんのほうが年上みたいじゃない? なんつーか物事をわきまえてるみたいな。――アレ? だとするとあたしって相当ダメな人ってことに……。

 イカンイカンと、あたしは軽く頭を振ってなんとなく自分を貶めている気がする思考を早々に放棄する。

 そうしているうちに目標に近づいた。目を瞑ってふやけ――もとい、ふにゃけてるカナエちゃんはあたしに全く気付いている様子はない。もしかしたら寝ているのかも、と思うが油断はしない。きっとコレを逃したら二度とチャンスは来ない。何故だか確信的にそう思うのだ。

 脳内でジョーズのテーマを“でーでんでーでんでーでん”と流しながら、あたしはこの先に訪れる素適な結末を思い、ひとり笑みを浮かべる。ふへへへ。


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