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シフト  作者: 鳩梨
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第三音楽室にて・3


 かれこれ一時間は経ったのではないだろうか。

 レンちゃんの自慢話は相変わらずふらふらとクラゲのように色んな方向へ漂いながらも、いまだに続いていた。それをこうして聞いてやってるあたしって、実はいい人なのではないだろうか。

 第三音楽室にはあたしたちが来てからまだ、誰も来ていない。いい加減、この部活の部員達が集まってもいいものだと思うが。

 ばっくれていたアゲハとモモはすぐに戻ってきて、また何かを話し合い始めた。どうあら意見交換っぽいのをしているらしい。時折、手に持った冊子みたいなのに何か書き込んでいる。

「――それでですね。特殊な性癖でもって部員勧誘をするモモお姉様を颯爽と現れたアゲハお姉様が止めたのはいいのですけど、止める際にポカリ、とはたいたのがいけなかったらしく――――」

 しつこいようだが、レンちゃんの話は蝶々のように落ち着きなくあっちへ行ったりこっちへ行ったりそっちへ行ったりするため、今話しているのがいつの話なのかがわからない。数分前は初等部の頃の話をしていたはずで、その前は中等部二年の頃だった。その前は覚えていない。むしろ、この記憶も怪しい。もしかしたら、初等部の頃の話と中等部の頃の話の間があったかもしれない。

 レンちゃんは本当に活き活きと二人の話をする。まるで大切な宝物を自慢するように。そこには得意になって話し相手を不快にさせるような感じはない。純粋にただただ慕っていて、この二人がどれほど慕うにふさわしい相手なのかを語って聞かせるような感じがある。 

 ただ、たまに話が変な、まったく関係無いだろう方向に反れたり、時系列がばらばらでまとまりが無かったりするので、聞かされる方としてはたまったもんじゃない。お願いだからレンちゃん。よく考えてまとめて話そうよ。

「レン。無駄話はお終い」

「今日の練習をしましょう」

 窓際で話し合いをしていた二人がそう言うと、ぴたりと話をやめてレンちゃんは二人の方へ行った。

「わかりました。楽譜の方は……」

「うん。良かったんだけど、無駄な誇張や、実際に歌と合わせるとおかしくなる部分が少しだけ」

「そこにはアタシとアゲハ様でチェックを入れておいたから、確認して、レンちゃんなりに直してみて」

「了解です。五分で仕上げちゃいますね」

 そう言葉を交わしあい、冊子――楽譜を手にピアノへ向かったレンちゃんは、さっきまでとはガラリと雰囲気が変わっていた。

 どう、とは上手く表現できない。それは単にあたしの語彙が乏しいだけなのかもしれないが、けれど、あのどこか浮き足立つようでいながらも、まるで猛禽のような目つきで笑む様は、容易にどうと表現できるもではないと思う。

 まるで、人が変わったみたいだった。

「ソノ。これから、練習するんだけど、聴いていってくれるよね」

「お近づきのしるしに、と言うわけでもないのですけど」

 アゲハは目を細め淡く笑み、モモは無邪気に微笑みながらそう言う。

 なんなんだろうね。

 断片的なピアノの旋律が耳に入る。

 見ると、ピアノに向かったレンちゃんが楽譜を見ながら二人に言われたであろう部分を弾いているようだった。

 その断続的な旋律、音階、奏でられる調べは、どこかで聴いたことがあるようなものだった。

「……フォーレ? ――……けど」

 聴いたことがある。確かに聴いたことがあるものだ。けれど、あたしの記憶にあるものとどこかが違う。

 根っこの部分は同じなのに、明らかな差異が幾つもある。

 思わずもれたあたしの呟きに、アゲハが応えた。

「……そうだよ。これはガブリエル・フォーレ作曲のレクイエム。けれど、微妙に違う。これはね、私たち用のレクイエムなんだよ」

 つまり、アレンジしたと言うことか。どうりで聴いたことがある曲なのに違和だらけだと思った。

 あたしは音楽鑑賞が特別好きなわけじゃない。それでも、音楽はジャンルを問わずよく聞くし、その中でも好き嫌いは当然出てくる。ヒップホップやロックなどは騒音や雑音にしか聞こえないため、好き嫌い以前に全く聴かない。

 フォーレのレクイエムは一番上の兄貴がお気に入りで、家に居るときはほぼいつも聴いていたように思う。

 それで、って訳でもないが、レクイエムは結構思い入れがある。

 フォーレのレクイエムは、他の曲と違い救いがあり、それがゆえに徹頭徹尾人間的感情に支配されている。壮大に荘厳な宗教曲。宗教というものが大嫌いであっても。これはそんな些細なことすら霞むほどの素晴らしい曲だ。

 だから、それだけにあたしはドキドキしてる。だって、あたしはアゲハの歌い手としてのすごさをほんの少しだけど知っている。そして、その歌い手のためだけのアレンジ。どういう風に変わるのか。どう歌うのか。

 期待。

 そして、アゲハと共に並ぶもう一人の歌姫と言われているモモ。

早く聴いてみたい。

 少しして、ピアノが止んだ。

「お姉様。調整終了しましたです」

「そう。わかった」

「そのちゃんは、後ろで聴いていて」

 二人はそう言うと、ピアノの横に適当な間隔で並んだ。

 レンちゃんがそれを見て、ピアノを弾きはじめた。

 アゲハのコントラルトとモモのソプラノが、ピアノの音にあわせて室内を厳かに包んでいく。

 


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