第三音楽室にて・2
「この学園には五人の麗しき方々が居られます」
まずそう前置きがあった。
「まずは身近な人から。ソノちゃん先輩――この呼び方OKですかね?」
「いいよ」
「ありがとうございます。――ソノちゃん先輩と同じクラスの小鳥遊 揚羽お姉様。その聴く人の心を動かして止まない歌唱力と、どこか影のある中性的な容姿と喋り方が主に下級生に人気の、通称『悼みの歌姫』。
同じくソノちゃん先輩と同じクラスの日比谷 百乃お姉様。アゲハお姉様とは対照的な澄んだ綺麗な歌声で聴く人を虜にし、その可愛らしい容姿と嗜虐心くすぐる性格とかその他諸々が主に上級生人気の、通称『無垢の歌姫』。
で。二年生の天羽 叶ちゃん。喋れないけれども筆談でやたらでかい態度をとったりして、けれど実はめちゃくちゃ臆病な、保護欲くすぐりまくりのマスコット。なんと陸上部の短距離のエースなのです。
そしてそして。五年生の天之原 澪音様。氷のような美しさと学年主席の頭脳。そして四期連続生徒会長という離れ業をやってのけた脅威の人です。しかもしかもこの御方何かと謎が多くて学園七不思議に任命されちゃったりしてます。
そして最後。下級同級上級教師老若を問わずに人気の高い『オンナオオカミ』こと水宮 晶先輩。イギリス人とのハーフであるその美貌は嫉妬や羨望よりもただただ恋焦がれてしまい、多くの女の子が彼女に告白をして今やハーレムのような状況を作り上げているとかいないとか。『パレード』と称される晶先輩の取り巻きさんたちの特徴はチョーカーで、なんでもその群れのようなモノが『オオカミ』の由来だという噂も」
「はいお疲れ様ごくろうさんレンちゃんもういいから聞く方としても疲れたよ」
嬉々としながら長ったらしい説明を続けるレンちゃんを、あたしは息継ぎなしの早口で無理矢理止める。
レンちゃんはキョトンとしながらも説明したりないのか、どこか不満げだ。
あたしはそんなレンちゃんを無視してアゲハとモモを探す。
きょろきょろと適当に首をめぐらすと、二人は真剣な顔で何か薄い察しのようなモノを手に話し合っていた。話を降ってこれ以上の説明を完全に絶とうと思ったが、邪魔してはいけないだろうと諦める。あたしにもそれくらいの分別は在るのだ。
色々と驚くべき事実があった。
アゲハは初日にモミジちゃんから聞ていたが、モモまで歌姫だったとは。
まぁ、そこはいい。
それより一番のビックリは、なんか普通にカナエちゃんが入ってることだよ。びっくりした。短距離のエースって。さすがに1年から3年と4年から6年は分かれているだろうけど、それでもすごくないか。だって、それでも一年の時点で既に短距離のエースって事でしょ。すごいなぁ。なにがすごいって、全然そんな風に見えないのにってところだ。
――……ダメだ。びゅんびゅんぎゅんぎゅん走るカナエちゃんを全く想像できない。うああ。めっちゃ見てみたい……!
運動とかを汗水たらして倒れるほどがんばるのは嫌いだけど、そうやってがんばってる人を見ているのは好きなあたし。がんばってる人に料理をふるまって、それをとても美味しそうに食べている姿ってのも好きだったりする。
「ソノちゃん先輩。説明はまだ終わっていないのですよ。まだまだ序盤です。これからメインに移って最期に閉めるところまでちゃんと聞いてくれないと。むしろ聞いてください拒否権は却下です」
……おい。どこの誰だよ上級生に敬意は払わなきゃいけないとか言ってヤツ。この状況を見てみろ。自分が説明したり無いからって先輩の権利を否定どころか拒絶したぞ。
そんなレンちゃんの自己チュー台詞が聞こえているはずのに、アゲハとモモは完全無視。あくまで二人の世界を形成浸り中。
「もういいから。さすがに一変に聞いてもあたしの情報処理能力を軽くオーバーしちゃうから。だから、また今度時間のあるときにお茶でも飲みながらゆっくり聞くから」
あたしはそういってとりあえずの妥協点を挙げてみる。こういう場合、完全にNOと言って断るよりも、こういう風にしたほうがいい。そのほうが相手も一応は退いてくれる。
「そうですか。わかりました」
しょんぼり、という文字を頭に落とされたかのように見るからにがっくりと項垂れるレンちゃん。ごめんね。これ以上は聞きたくないんだよ。
「まぁそれはそれとして。アゲハお姉様のすごい所はですね――」
「って、おぅい! 今さっき断わったばっかりじゃん! 何で何事も無かったように再開させようとしてんの!」
どうやら、レンちゃんは本気で人の話を聞かないらしい。耳に入れないという意味ではなく。聞き届けないと言う意味で。
レンちゃんは可愛らしく首を傾げて、何かおかしいですか? みたいな顔をしている。
「あっ。わかりましたよ! これは説明じゃありません。これから始まるのは麗しく愛しいアゲハお姉様とモモお姉様の自慢です!」
自慢って……。
内心どころか全身でげっそりうんざりを表してみたのだが、レンちゃんはそんなあたしを軽く無視して長々長々と『自慢』を始めた。その表情からは本当に心から二人を慕っているだろうことが窺えたが、聞かされるほうとしては堪ったもんじゃない。しかも話があっちへ飛んだりそっちへ飛んだり、とにかく一貫しない。
アゲハとモモに助けを求めようと音楽室内を見回してみたが、いない。どうやらばっくれたらしい。
…………。付き合いきれないという気持ちはわかる。わかるが、結局あたしは何をしにここへ来たんだ? てかなんのためにつれてこられたんだ。
あたしは溜め息をつくと、まだまだまだまだ続きそうなレンちゃんの自慢を聞き流す。
はぁ。