ふぅん
幼少時。夢と知りながらもそんなこと脇どころか後ろに投げ捨てて思い願ったことがあった。それは、たまにだけど今でも思うことがある。たとえ無理で無茶で夢でありえないとわかっていても。それでも、本気で願ってしまうのだ。
時間よ止まれ!
あたしはその間にディアブロを越えらそうな超絶ダッシュでこの場を走り去るから。なんたって時間が止まっているのだから、その間あたしが誰かに負けることは、容姿とあとちょいちょいくらいしかありえない。
意識をちょっとだけ現実に帰還させてみる。
あたしの手をきゅっと握り。潤んだ瞳で上目使いに見つめてくる純真無垢風味の少女は、健在。
「あ、あのね? あたしは何もだれかれ構わず罵倒したりとかはしないわけでございますらしいどす?」
息継ぎ為しのへんてこな口調。しかもなぜだか疑問系。あたしは相当困惑しているらしい。と自己分析。
「ウソよっ!」
うっわーお。
モモはそんなあたしのおかしな箇所を軽く無視。いきなりあたしは否定されてしまった。いやいや。ウソやありまへんえ?
てかねぇ。あたしってそんなに乱暴そう? 不良な感じですか。なんか、ちょっぴりショックだわん。
たしかにさ。あたしは昔からおしとやかと言う単語とは仲が悪かったよ。他にも女の子らしいとか、おとなしいとか、およそ女の子として必要だろうと思われるそれらと、ことごとく仲が悪かった。けどさけどさ。別にそうなりたかったわけじゃなくてさ。あたしはあたしの言いたい事したいことを正直にやってた結果な訳なのさ。周りに迷惑がかからないように。悪いことはしないように。そこらへんのこともちゃんと注意してたさ。決して不良に分類されるような好き放題やりたい放題はしてない。
なのに。なのになのに。
心中で不貞腐れてみる。
「……ここに居たの。モモ」
あたしがズンズカ落ち込んでいると、ここ最近で聞きなれたきれいな声による中性的な口調が聞こえた。声のするほうを見ると、片目を瞑ったくすんだ金髪のかっこいい少女が腕組をして立っていた。
アゲハだ。
「あ。アゲハ様!」
モモはアゲハを視認するとあたしの手をさっさと離しアゲハに抱きついた。とても嬉しそうに。とても楽しそうに。
ああ。二人は大親友とか、そんな感じ? いやいや。のわりにアゲハのどこか迷惑そうな表情はなんざましょ?
「……モモ。いつも言うけどね。道草しない」
「道草じゃないの。今日は、素適なお友達をゲットしたの! それも、アタシの理想」
表情では迷惑そうに。けれど口調にそれは出さずいつも通りなアゲハ。モモはモモで、そんなアゲハの表情はスルーして抱きついたままに機器としてそんな報告を――って。コラそこ。人を指差さない。
アゲハがモモの指の先を追ってあたしと目が合う。あっ、という微妙な表情変化をした後、なんでもないようにすぐに取り繕った。アゲハさん。あたしに気付いてませんでしたネ?
「……ソノ。ご愁傷様」
アゲハはそれそれは哀しそうなお顔をすると、憐れむように短くそう言った。おいおい。
「ちょっとアゲハさんや? それはどういうことよ」
「……すぐにわかるよ。モモの友達になるということの意味を」
どこか遠くを見ながら、アゲハは悟ったようにそう言った。
それって、あれかな。さっきのカミングアウト諸々。どうやら、アゲハは悟っちゃうくらい執拗な要求を受けてきたのだろう。クールなアゲハが辟易しているだろう姿は、想像するに面白い。くふふ。
「アゲハ様ひどい。アタシをそんな苦労のかかる子みたいに言うなんて」
「……事実だと思うけど」
抱きついたままよよよ、と泣きまねをするモモを、アゲハは軽く一蹴。その声は冷たかった。
「あ。……のんびりしてる場合じゃなかった。ほら、行くよモモ」
泣きまねから歓喜の震えに移行した抱き付き娘を引き摺るようにして、アゲハは歩いていく。すごいなアゲハ。なんで抱きつかれたままなのにあんな平然と普通に歩けるんだろう。クールビューティは何でもありなのか?
「……そうだ。ソノも来ない?」
「どこに?」
馬鹿な思考をしながら見送っていたあたしに振り返ると、アゲハは主語無しでそう問うた。当然。質問には質問で返すソノちゃんクオリティー。
「部活」
ほほう。そりゃ楽しそうだ。それに都合がいいかもしれない。
なんでも、この学校は部活あるいは委員会に必ず所属していなければならないらしいし。さらには部活や委員会の中には単位が出るものもあるとか言う話ではないか。それに、どうしても入らねばならないのなら、この孤軍な状況。だれか知り合いが居る所に入ったほうが寂しく無くていい。と、ここでウサギのように振舞って好感度を掴もうとする作戦に出るソノちゃんでした……誰に話し掛けているのだろう。
ともかく。あたしはアゲハの誘いに乗ることにした。誘いを受ける理由はあっても、断る理由なんか存在しないのさ。
ところで。モモはアゲハのことを『様』付けで呼んでいたが、あたしはそのことに触れないことにした。さらに、『様』付けで呼ばれてそれを改めさせようとしないアゲハのこともスルー。なぜって、触れたらいけないと直感が告げているし、アゲハの諦めきったような顔を見ていると、その苦労が嫌でもわかる。
あたしは、お腹をすかさて居る人に顔をくれてやる勇気なんざ無いのさ。
廊下を、アゲハ、モモ、あたしと歩いていると、何故だかみんながススッと自然に道をあけてくれる。それに対して、アゲハもモモも、何を言うでもなく平然とわき目も振らずに歩いている。モモにいたってはアゲハやあたしにしきりに話し掛けてきて、まるで当たり前のようにしている。その王族の歩く道を家臣が空けるかのような状況に、あたしは一人首を捻っていると、唐突に、ホント何故だか突然唐突突如にあることを思い出した。
それは、ここに来て最初の日。モミジちゃんが寄宿舎の食堂で言っていたこと。
『悼みの歌姫』。
たしかそう呼ばれている人がいるとか何とか。んで、その人はたしかアゲハという名だったと記憶している。
だからどうしたというわけでもない。二つ名を持っているような奇特な人は皆が皆、どこかおかしいのではなどとは全然思っちゃいない。――チラリ、と脳裏をなぜかアキラさんの顔がよぎる。ああもう! 邪魔! 関係無い! ――ただ、納得しただけ。
この状況を。
なるほど。ここはほんとに変なとこだな。と。