ちょ――!?
そこにいたのは、見たことがあるような無いような人だった。
えーと……? 思い出せそうで、思い出せない……。
「椎本 苑さんよね。あたしのこと、わかる?」
向こうはあたしを知っている。さっきのこともあるけど、少なくともあいつらみたいに首にチョーカーをつけてないから、おそらくそれとは別。だったら、残るのはクラスメイトかな? この人の口ぶりだと、あたしも向こうを知っているみたいだし。
黙って考えていると、彼女の方から自己紹介をしてくれた。
「同じクラスの、日比谷 百乃です。気軽に、モモって、呼んで下さい」
にこり、と人懐こい笑みを浮かべて彼女はそう言った。
うん。それでばっちり思い出したよ。あれだ。自己紹介でいきなりカミングアウトして受けを希望した子だ。さっきのごたごたのせいで、あんなにも強烈だったことを忘れていた。
とりあえず、
「ごめんね。あたし、まだ名前覚えれて無くて……。あたしのことは、何とでも、好きに呼んでいいよ。そういうの、気にしないし」
「ふふ。そうですか。じゃあ、そのちゃんと呼ばさせてもらいますね」
何が嬉しいのか、社交辞令なのか。モモはニコニコとそう言う。見た感じ、裏はなさそう。
さっきのせいもあり、ここの生徒のことを疑いやすくなっている自分に腹が立つ。なんだか、とても厭なやつだ。あたし。
「うん。わかった」
けどま。なんだかいい人そうだし。あたしも、笑みでそう返す。自己紹介でのあの発言が気になるけど、多分。彼女なりのジョークだったのだろう。笑えないし、学校に合わないけど、そういう人だっているさと自分を納得させる。さすがに、アレをマジだと思いたくは無い。
「ところでですね。アタシ、さっきのを見てたんですけど」
「……え?」
なんだって?
「ああ。大丈夫ですよ。言いつけたりとかしませんし、アタシにはあまり関係の無いことですし」
うん。まぁ、それは別にいいよ。あたしが言いたいのはね? そんなことじゃあなくてね。見てたんなら、助けるとか、誰か呼ぶとか。そういうことをしてくれても良いんじゃないかなと。思わないでもないわけだよ。
や、別にね。まだ親しくなったわけでなく、あの時点ではただのクラスメート。それなのに下手すると逆恨みされるかもしれないのに、そんなことをするはずが無いということくらいあたしでもわけるけどさ。やっぱり、めんどくさいことに巻き込まれちゃったほうとしては、わかっていても愚痴っぽくそう思っちゃうわけよ。
「それよりもですね。アタシ、どうしても貴女とお友達になりたいの。お願い。アタシのお友達になってください」
ぎゅ、とあたしの両手を握り、上目使いでそう言ってくる。うあ、その純真げな瞳がまぶしい。
モモは最初思った通り純真無垢が服を着たような印象の女の子だ。
下がった眉尻。灰色の湿った瞳に、真っ黒の綺麗なストレートの長い髪。整った顔立ちは柔らかさがある。ホントに旧華族とかの娘のイメージそのまんま。きっと、箱入りで大切に育てられたんだろう。とか、勝手な推測でそう思う。てか、思わせる。
モモの瞳は瑞々しく湿っているから、潤んでいるようにも見え、そんな目で上目使いに見つめられると同性のあたしでもついつい怯んでしまう。かわいくて。
「う、ああ……と。うん。わかった」
やっとのことであたしはそれだけを答える。
よく考えてみると、話がいきなり友達になろう、というところまで飛んだのが気になるが。まぁ、そんなことを邪推するのはナンセンスってものだ。それに、あたしもお友達はたくさんほしいし。願ったり叶ったりだ。
これで、お友達は四人。すくない。別に不満は無いけど、たくさんほしいのだからそう思ってしまうのはしかたがない。ガンバレあたし。目標はあの歌をも超える百五十一人! がんばればあの博士に誉めてもらえるぞ。
「本当!? 嬉しい……。アタシね。そのちゃんみたいな子をずぅっと探してたんです。けれど。ここは育ちのいい子が多いから、中々見つからなくて……」
「ん? それってアレ? 庶民的な子を探してたってこと?」
別にそんなことで腹は立てないが、どうだろう。その友達選別方は。なんか、ねぇ? どうよ? みたいな。まぁ、いいけど。
「ううん。違いますよ。そのちゃんみたいな、強気で、口の悪めな子を探してたんです」
……ナンダッテ?
モモは恍惚とした表情であたしを見つめてくる。頬を朱に染め瞳を輝かせているその様は、まるで少女漫画の主人公みたいだけど、なんだって?
「そのちゃん。さっきの人達を怒った時の口調で、あたしをイジメてください。虐げてください。口汚く罵ってください。いっそ、目いっぱい辱めてください……!」
ひ、ひぇぇぇぇっ!
あたしは目の前の純真無垢な見た目の少女に戦慄した。恐怖した。恐れおののいた。
モモの目は真剣そのもの。冗談でも何でもなく、真剣で本気。余計に恐い。
あたしはこういう時どんなどんな表情をすればいいのかわからない。とりあえず、あたしの顔は引きつった笑いをしているらしい。口元が痙攣したみたいにひくひくしてるのがわかる。
てか。なにか。この人は人がめんどくさいことになってるのを、そんなことを思いながら見物してたのか。
「アタシね。本当にイジメられたりするのが大好きなの。それも女の子にそんなことをされるかと思うだけで……!」
自分の身を抱いてぞくぞくと打ち震えるモモ。その状況を想像して気持ちよくなっているらしい。めっちゃ恍惚とした顔してる。息が荒いし。
「だから、ね? お願い」
いつの間にか、丁寧だった口調が子供が無邪気に甘えるような調子のものになっている。逃げたいけど、あたしの手はまたもやモモに両手で握られ、しかもずい、と顔を寄せられているので、逃げるに逃げれない。
息が、息が当たる。てか当たってる。あ、モモっていい匂いかも。この香りならあたしも知ってる。たしか、なんとかいうコロンの香りだ。……わかってないじゃん。
「さぁ、アタシを口汚く罵って!」
現実逃避を敢行していたのに、瞳をきらきらと輝かせながら潤ませているモモに、あっけなく現実に引き戻された。逃げることすら、許されないというのかっ……!
あたしは、こんなにも真剣に人からモノを頼まれたことが無い。それは、いつもおちゃらけている風なあたしに原因があるのだろうけど。だから、これがあたしの初めての人からの真剣な頼まれごとということになる。
はっ! つまりは初体験!? はじめては、もっとロマンチックなのが良かったのに……何の初体験の話だヨ!
現実から逃げるように、あたしはお得意の脳内マンザイを実行する。
……こんな初めて激しくイヤだ。