ぷちキレ
イマ、ナンテイッタノデショー?
思わず。胡散臭い米人風の片言になっちゃったよ。それほどアホ臭いことを目の前で見下すようにして偉そうにしながら、怒っているらしい巻き毛(もはや呼び捨て)はのたまいよったのだ。
おーけ。もう一回、思い出してみましょ。クエスチョン。誰が、誰を傷つけたって?
アンサー。あたしが。アキラさんを。
……ふーん。
「晶様を何故傷つけたのかは存じませんが、これはわたくしたちに対する冒涜でしてよ!」
…………。一言声に出してもいいのなら、あたしはこう言うね。アホか。と。
こいつらがどこでそんな屈折した情報を手にいたのか知らないけど、こいつらは都合よく勘違いしすぎだ。傷つけられたのはあたし。傷つけたのがアキラさん。何で被害者と加害者が入れ替わってんのよ。こいつら馬鹿なのかしら。
あたしは今、どんな表情をしているのだろう。表情筋と心のシンクロは現在一時中断されているのでわからない。なぜなら、心、感情は怒りで染め上げられているから。
だって、そうでしょう? どういう理由であんな事したのか知らないけど、あたしは……、あたしはせっかく諦めれたことを、折り合いをつけたはずのことを、傷口に塩を塗りこむようにされたのだから。
そうされたあたしが悪い?
今はまだ、我慢できている。だから、きっと、あたしの表情は無だろう。必死に抑えているから。さすがのあたしでも、初日から問題を起こしたくは無い。起こす気も無い。
巻き毛とその他は目の前でまだ何事か吠えている。あたしはそれを、静かに聞き流す。今口を開けば、そこから出るのは怒りと嘲笑と罵倒だ。感情に任せたままに製造されるそれらを口に出すことを、あたしは、何よりも自分のためにしたくない。
だから、今は耐えてやる。
それは、表面張力一杯まで水を張ったコップと同じ。ほんの僅かな刺激で、零れてしまう。抑えていたものが。
「――ちょっと、聞いてますの? まったく。これだから礼儀の一つも知らない外から来た庶民は……。よほど、まともな教育を受けなかったのですわね」
我慢してやる。だから、――。
「まったく。晶様がかわいそうですわ。こんな、見た目だけは可愛らしく取り繕っているような、売女に騙されてしまうだなん」
「おい」
もう。我慢の限界だった。
あたしの反応に思いもよらなかったのだろう。一瞬。場が凍る。
それはそうだろう。今まで黙っておとなしく言いたい放題言われていた奴が、唐突に押し殺した声をだしたのだから。それも、小さいのによく通るように。
「ふざけんのも大概にしろよ? いいか? 何を都合よく勘違いしてんのかしらないけど、傷つけられたのはあたしだ。無理矢理に暴行を受け、傷口を抉られたのはあたしだ」
一度零れたコップの水は、それがある程度少なくならないと止まらない。なぜなら、それは刺激により振動してしまったから。
「多少のことはめんどくさいから我慢してやろうと思ったけど、やめた。家族に暴言を放つわ、あたしを売女呼ばわりするわ。あんたら何様?」
「そ、そんなこと――」
「言ってないって? まともな教育を、のくだりはあたしの家族がそうし無かったって言う暴言だろうが。聞き間違いか? 売女って言ったのは、」
あたしは目の前の巻き毛の口に手をやり片手で両側から挟む。ひょっとこみたいに面白い顔になる。楽しく不愉快。
「――この口だろうが。いいか? あんたらがあの人のなんなのかなんて知らないけど、何も知らないくせに勝手なことを囀るな! あれは、もう終わったんだ! 被害者のあたしが、精一杯の温情でことを無かったことにしてやってんだ! これ以上ふざけたこと吠えてみろ。あんたらの大好きなアキラ様が、最悪、ここらいなくなるよ? それも、最悪な形で!」
そこまで言い終えてから、殴るように巻き毛の口から手を離す。
あたしは、終始普通の声量。けれど、それが逆にあたしの怒りをよく相手側に伝える。だから、目の前のやつらは何を言うでもなく無言。ただ、あたしから目をそらし、居心地悪そうにしている。
「そ、それが事実だと言う証拠はありますの!」
巻き毛が涙声に金きり声をプラスしてヒステリックに叫ぶ。証拠ときたよ。この馬鹿は。
「さぁね。なんなら直接訊けば? 本当のことを言うかどうかなんて知らないけど、あたしが声を大にしてされたことを叫べば、大抵の人は信じるんじゃない? オオカミさんに食べられそうになりましたってね」
鼻で笑う。
ああ、もう。最悪。これじゃあどっちが悪者なんだか。
けど、あたしの琴線のたがを外したのこいつらだ。人がなにも言わずにおとなしくしてりゃあ調子に乗って。
無言。あたしの放った言葉がショックだったのか、それとも――
「何をしているの!」
唐突に、そう声をかけられる。
その、声はきれいだが、あたしが最も聞きたくない声で。その声を放った人物はこちらに近寄ってくる。
「あなたたち。一体何をしていたの?」
咎めているような声。大きくは無いが、余計にプレッシャーがある。
皆無言。あたしに至っては、この人にあたしの声を聞かせてやることすら不快なので話す言葉なんて一つもない。夢の島に夢が無いのと同じくらい無い。
「……ソノちゃん。なにが」
「あたしに構うなと言ったはずですが」
あたしは、気安くも声をかけてきたアキラさんに冷たくそう言い放つ。言葉を聞かせたくはないが、それ以上に声を聞きたくない。
「何があったかはそこの人達に聞いてください。ちゃんと話すかどうか知りませんけど」
そう言って、あたしは背を預けていた、そうさせられていた校舎の壁から背を離す。
あたしが一歩踏み出すと、囲っていた奴らが俯きながらもそこを退いた。
あたしは思い出したようにすれ違いざま、最後にこう言い残す。
「それでは、さようなら先輩方。これからも、ご指導の程よろしくお願いします」
最大限の礼儀。
これで、文句は無いだろう。
これからあいつらがどうなるのか。ちゃんと話すのか。話さずあたしを一方的に悪者にするのか。それは知らない。興味も無い。勝手にすればいい。その時はその時。あたしはあたしの流儀でやることをやるだけ。
――あーあ。入るガッコ、間違えたかな。
そう思わずにいられない。
カナエちゃんやモミジちゃん。それに、アゲハみたいないい人もいるけど、それが極少数に思えて仕方が無い。
そりゃ、まだ日は浅いけど。それでも、浅いくせに色々ありすぎた。学園モノの漫画じゃないのだから、ここまでイベントを目白押しにしなくてもいい。正直、疲れる。
図書館への興味も薄らいでしまった。どうしようかな。教室に帰ってもやっぱり疲れるだけだろうし。かといって、寄宿舎に帰るのも、初日なのにと思ってしまう。
「ねぇ、そこのあなた?」
またもや声をかけられる。さっきのようなこともあるので、一応、あたしは振り返ってみる。