なんだか
「わたしは、水宮晶っていうの。あなたは?」
「椎本苑」
「ソノ? 変わった名前ね。なんて書くの? 花園の園?」
「墓苑の苑」
「紫苑の苑ね。「苑」だけで独立した名前なんて、なかなかセンスのいい親御さんね」
「……そうですか?」
…………な〜んであたしは普通に会話してるんだろ。
あたしは寄宿舎からよほど外れた道を歩いていたらしく、かれこれ20分くらい歩いている。そろそろ疲れてきた。重い肩掛け鞄を捨てたくなる。円盤投げみたいにぐるぐる回してから放り投げたら、きっと気持ちいいくらいに良く飛ぶだろうなぁ。――しないけどさ。
「あの、寄宿舎ってまだなんですか?」
「もう少しよ」
もう少しか。なんだかアバウトだな。けどま、ガンバレあたし。
にしても、ホントに広いなぁ。秘密基地とか探したらありそうだ。こう、がーってグランドが開いて、中からぐおーってメカが出てきて、ぎゅおーんと発進して、じゃきーんと合体!
「――ソノちゃん?」
「地球の平和は俺が守る!」
「……え?」
とか叫びながら、敵のどういう原理で生息してんだかよくわからないトンデモ怪獣を、必殺技とかを叫びながら一刀両断!――どうでもいいけど、直剣とかだとあそこまで華麗には切れないんじゃないか?てかロボットもロボットだよ。なんであんな細い足でクソ重そうな身体を支えれるんだ?絶対自重でどぐしゃぁ、とかなるって。
「ソノちゃん!」
「うえあ!なに!?」
いきなり結構な大声でそお呼ばれたことに、何事?もしや敵襲?とか思考を引きづりながら見れば、そこにはなんだか不機嫌と心配を6:4で顔に張り付かせているアキラさんが。
「わたしの話、聞いてた?」
いいえ。全然。
「聞いてましたよ。たしか秘密基地があるんですよね。わあ、新入生でも防衛隊に入隊可能ですか?」
聞いてないとも言えないので、この際だから思考してた事柄をずるずる引き摺って話してみる。おお、アキラさんが?マークを乱舞させている。さすがはお嬢様(多分)。あたしが何を言ってるのかわかっていない。わかっていたらいたで、なんか嫌だ。
「何を言ってるのかはわからないけど……。聞いてなかったのね?」
「あ、うー……はい。すいません」
「いいのよ。気にしないで。今度ゆっくりと話すことにするわね」
なにを?
「さぁ、ついたわ。ここが寄宿舎よ」
「うわあ……」
思わず、そんな感嘆の声が漏れた。
寄宿舎は中世で貴族の館だった。赤レンガの外観。派手にならない程度の細かな装飾。大きな扉。紳士や淑女が出てきても驚かないな。これだと。むしろ出て来い。羽扇子を持った金ぴか巻き毛のドレスきたマダムとか。カイゼルヒゲの素適な白タキシードの紳士とか。出て来い。出てきてっ!
「ふふ。気に入ってくれたかしら?」
「はいっ! すごいですね。これで蔦が絡まってたら回れ右して逃げますけど」
「あら? ホラーはお嫌い?」
「怖いのは、ちょっと……」
んん? なんであたしは自分の弱点をあっさりと教えてるんだろう。このことを知っているのは……おや?思い返すと割と皆知っているような気がする。あれれ?あたしそういうのはかなり必死に隠すほうなんだけど。あれー?
そんなことを思っていると、アキラさんはこっちよ、と微笑みながら大きな扉とは違う方向、館の裏へと回った。
「寮母室にはね、裏口から入る決まりなの」
「そうなんですか」
なんだか面倒な決まり事だなぁ。それじゃあ何かあったときも、わざわざ外に出て裏口に回らなきゃいけないの?もし一刻を争う事態だったらどうするのさ。
そんなことを思っていると、これまた金のかかっていそうな重厚な木の扉の前についた。
「六年Sクラス、水宮晶です。外部受験の新入生をお連れしました」
六年?
そう首を傾げたがどうせ後でわかるさ、と気にしなかった。それよりも外部受験と言うやたら外部を強調するその言い方が気になった。なんだろう?疎外感を与える精神攻撃か?
「はいはい。入ってらっしゃい」
扉越しだからだろうか、中からくぐもった女性の声が聞こえた。とても優しそうで、暖かみのある声だった。
アキラさんが失礼します、と行儀よくお辞儀をしてから入室したので、あたしもそれに倣って入室する。曲げる腰の角度は75度だっけ?
寮母室はものすごい質素だった。テーブルと椅子と箪笥しかない。この三つだけだ。後は備え付けの家具がちらほら。
「水宮さん。ご苦労様」
「いいえ」
「けれど、早速手を出しちゃダメよ?ただでさえ貴女は“オンナオオカミ”って言われてるんだから」
なんですと?
「もお、やめてくださいよ。ソノちゃんがビックリしてるじゃありませんか」
そりゃビックリもするわ。なにさ“オンナオオカミ”って。ここは女子校でしょ。なに?やっぱりアキラさんはそういう趣味で世界な住人さん?うわ、やっぱり距離をおこう。あたしにその気はない。ノーマルだと言い張る気もないが、だからって断じて同性愛者などではない。
……おや?この考えだと一生独身か、あたし。
「まぁ。もう名前で呼んでいるのね。“オオカミ”さんは手が早いのね」
「茶化さないで下さい。ここでは名字で呼ぶのは禁止されてますでしょう?」
「あら?そうだったかしら」
苦笑気味にそう言ったアキラさんに、そう言って寮母さんは口元に手を当ててコロコロと笑った。
寮母さんは40代くらいのおばちゃんで、やさしそうな印象の人だった。どうでもいいけど、あたしは放置ですか?
「あの……」
そう思って控えめに声をかけた。ここで「おうこら無視すんなや!」とか言えたら確実に印象に残るんだろうけど、いかんせん、さすがのあたしも初っ端からそんな暴挙に出るようなフロンティアスピリッツは持ち合わせていない。もってたら絶対にやると思う。……嘘だけどね。きっと多分。
「あらあら。ごめんなさいね。えっと、椎本苑さん、だったわよね」
「はい」
「ようこそ、当学園へ。歓迎するわ。この寄宿舎の寮母をしています、迫京です。気軽に、お京さんって呼んでね?」
結構とっつきやすい人みたいだ。お京さんはそう言うと微笑んだ。うん。嫌いじゃない。こう言う人は割と好きだ。たまに雑談とかしに来るのもいいかもしれない。
「細かい規則や諸注意は、生徒手帳にも書いてあるし、省くわね」
実を言うと、私も覚えていないのよ。といたずらっぽく笑った。そんな仕草や喋り方が、お京さんを見た目よりも若く見せる。アキラさんも苦笑していた。
「ああ、けれど。これだけは守ってね。ここは門限が厳しいから、6:30までに自室に戻っていないと罰則がつくわ」
うげ。なにそれ。早すぎない?
「それにね」
まだあるの?
あたしは相当嫌な顔をしたのだろう。アキラさんに肘でつつかれた。
「長期休暇中の二週間の帰省以外は、特別な理由がない限り外出は禁止されてますから」
うぇ!?な、なにそれ?
「――その特別な理由も一年に二回受理されればいいほうだから」
ほら!ほら!!だから嫌なんだ。誰かと一緒に生活するなんてのは!ましてや寮とか寄宿舎とか!ああもお、あんのクソ野郎どもめ!この恨み、晴らさでおくべきか……!?
とりあえず、呪い電波を送信。ぴぴぴぴー。食中毒になれ。ぴぴぴぴー。
「ちょ、ちょっと。ソノちゃん?」
「……あんですか?」
女の子の声とは思えないような、思いたくないようなおどろおどろしい、重低音があたしの口から出てきた。我ながらビックリ☆
あたしのその声と、きっともわもわ出ているのだろう殺気めいた黒いオーラに、アキラさんは引きつった笑顔で引いていた。ちょいと心外。
「それで、苑さんのお部屋は」
そんな中でも説明を続けるお京さん。かなりマイペースな人だな。さすがに年季の入った人は違う。
そんな女性に対して失礼な事を考えながら適当に話を聞いていた。
「――308。全階八部屋だから一番端っこね」
おお。なかなかの場所じゃないか。あたしは席順にしろ部屋順にしろ『端』が好きだった。別にたいした理由はない。ただ、挟まれていると言う感覚がたまらなく大嫌いなのだ。落着かないし、なんだかイライラする。
そのことを友人に言ったら一言「へんなの」と言われた。他人に何をどう思われようがべつにいいが、さすがに、この『端』好きを共感してくれる人が一人もいないのは、正直寂しい。やはり語り合いたいじゃないか。『端』の良さについて。
「あら?」
と、お京さんが小さく声を上げた。
「どうしました?」
アキラさんがそう訊ねるがお京さんはしばし、ぶつぶつと一人ごとを言っていて、聞こえていないようだった。
どうしたのだろう?もしや、その部屋は何か曰く付だとか?……勘弁して欲しい。あたしはその手の話が本当にダメなのだ。下手したら恥も外聞もなく大声で泣くかもしれない。過去にお化け屋敷でそれをしてからと言うもの、友人達のあたしを見る眼が微妙に変わった。はっきり言って、その見る目は非常に居心地悪いものだった。なんと形容すれば上手く伝わるだろうか。
――……一生懸命背伸びをする子どもを見るみたいな生ぬるい感じ。
ああ!思い出すだけで!!
「ごめんなさいね。苑さん。貴女と同室の子、中等部生だわ」
脳内で身悶えていると、困ったわねぇ、みたいな響きのお京さんの言葉が聞こえた。
中等部生? なんだ。そんなことか。
「それだけですか?」
「ええ」
同室の子が誰だろうとあたしは気にしないぞ。そりゃ、不潔だったりガチの同性愛者だったら本気で御免被りたいけど、まさかそんなはずないだろうし。
「わかりました。妹みたいな感じでフレンドリーに接します」
「ええ。そうしてあげてね」
冗談っぽく笑いながら言った言葉に、お京さんは真顔でそう返した。アキラさんを見ればなぜか頷き返された。
え、なに?