学校始まり!
あれから、数日経った。
のんびりだらりと入学式が始まるまでカナエちゃんで遊んだり、モミジちゃんに怒られたり、快くお友達になってくれたアゲハの歌を聞いていたりとかしながら毎日を過ごしていた。
この数日で学校の敷地内で迷子になることはほとんどなくなった。今でもまだ怪しいが、そこらへんは気合でカバー。
てかね。生徒手帳に地図が載っていた。それに気付いたのは、今日なんだな、これが。
ちなみに、今日が入学式。
んで、入学式は何の滞りもなく終了。なんか拍子抜け。ああ、家の家族は来なかった。むしろ来させなかった。なにするかわかんないから「来たら絶好だからね!」と言っておいた。いい年した野郎どもがおいおい泣くのは、実に不気味だったことを覚えている。ちょぉっとばかり悪いことしたかなぁ、と思わないでもない。
「はい。それでは、今日から一年間、貴女たちの担任になった森林 樹です。全教師中一番の若手です。よろしくね」
担任の森林先生は童顔にたれ目の全体的にぽわぽわした人で、身長も低いからどうしても大人には見えない。まぁ、個人差とかね、あるわけだし。そう言う身体的特徴でとやかく言うのはいけないことだけどね。わかってるけどね。思うわけよ。うそだろ。って。
「あらら。一人以外は皆上がり組みなのね。う〜ん。どうしよう。自己紹介とか、感単にちゃちゃっと済ませちゃう?」
名簿を見ながらそんなことを言う。その一人ってのはあたしだな。間違いなく。てかですね、先生。ちゃちゃっとって。
「先生、そういうのはやはりちゃんとしたほうがいいのでは?」
見かねてか、一番前の席の子が挙手してそう言う。ちなみに、名前なんか知らない。当たり前だけど。
「そう? じゃあ、ちゃんとやろうかな。――てことで、貴女から順番に名前と後何か適当に」
「へ?」
「はい、すたーと」
わかった。この先生ノリと勢いでじゃんじゃか進むタイプの人なんだ。端から見てる分には楽しいけど、巻き込まれたりした人はたまったもんじゃない。
挙手して意見をした先ほどの少女は最初ぽかんとした後、すぐに気を取り直して自己紹介をはじめた。
「……赤穂 瑞希です。よろしくお願いします」
姿勢正しくそう言うと、ミズキさんは静かに席についた。
「…………えー? それだけー?」
先生はなぜかとても不満そう。まぁ、わからないでもないです、先生。
そうして順調に自己紹介は進んでいき、あたしの番になった。
「お。次は新入生ちゃんだね。よしっ。名前以外にも最低何か二つは言うこと」
なんですと?
「ちなみに、不平不満は一切受け付けません」
何かを言う前にそう先手を打たれた。すごいニコニコしてる。楽しみだにゃ―。みたいなそんな笑顔。勘弁してよ。
あたしはやれやれとこっそりと溜め息をつきながらも立ち上がった。最低二つ。何言えばいいのやら。
「椎本 苑です。新入生です。寄宿舎生です。よろしくお願いします」
「え〜? そんだけ〜」
何故に不満そうですか先生。
「二つ、ちゃんと言いましたよ」
「ダメ。趣味と特技を言いなさい」
はぁ。周りを見る。新しいお仲間に、みんな興味心身と言った様子で、そこに見知った顔を見つけたけど、その人はぼーっと空なんか見ていて頼りにはならない。まぁ、どっちにしても頼りにはならないけど。こんな状況では。
「趣味は読書。特技は……。特技は……」
おや? あたしの特技ってなんだ? あっれれ? 裁縫? 上手くもないし下手でもない。必要最低限は出来る。料理? そこらのヤツよりも多少は出来ると思うけど、特技ってほどじゃあない。運動は、そこそこ。
そんな風に悩んでいるあたしを、みんな不審下に見ている。実際はどうなのかしらないけど、あたしにはそう見えた。
特、技……。
――あっ。
「特技は、どうでもいい事をやたら知ってたりします。例えば、無意識と言う考え方は19世紀から20世紀の初頭にかけて発見された概念で、それまでの人達は実に、自分に自分でも説明のつかないモヤモヤとした気持ちがあるということを知らなっかたそうです。だから夢見が悪いというのは、実際に現実に悪いことが起きるのと関係がある、とほとんどの人間は真剣に考えていたわけで、単に無意識が“あんたは疲れてるんだよ”と表層意識に言ってるだけのことを“俺はもうすぐ死ぬ”とか思い込んで決闘したりして本当に死んでしまったりしていたそうです。例えば」
「は、はい。ありがとう。もういいから、ね」
先生がにが〜く笑いながらそう言う。見れば、ほかの子達もぽかんとした顔だ。んふふ。兄貴達め。たまには役に立つじゃないか。ちょっとだけ、感謝してあげよう。
あたしは、兄貴達にいろんな事を教えてもらった。時には、一般教養だと騙されてミステリの十戒を覚えさせられたり、英語の早口言葉を習得させられたり、世界一長い名前の人の名前を覚えさせられたりもした。騙されたとわかったときには、無駄なことさせやがってとか、いつつかうんだこんなもの、とか思っていたけど。意外や意外。思わぬところで役に立つものだね。
それからも順調に自己紹介は進んでいき、あたしはそれを覚えようとがんばりながらも、耳から通り抜けさせていた。
そうして、
「小鳥遊 揚羽。私のこと、知ってる人は多いと思う。とりあえず、よろしく」
いつもの通り片目は瞑ったまま、無感情にそう言って席についた。
周りがなぜか溜め息でもつきそうな顔になっている。どこか惚れ惚れ(?)としているような。
なんだろね。
「日比谷 百乃です。叱られたり、怒られたり、いじめられたりするのが大好きです」
そんなことを思っていたら、そんな、なんですと?! と思うような台詞が聞こえた。聞き間違いだよね。まさか、ね。
「皆さん。出来るだけ、アタシのことを虐げてくださいね」
ニコリ、と育ちよさげな純粋無垢が服を着たようなお嬢様は微笑んだ。
…………虐げてくださいね、って。おいおい?
あたしがぽっかーんとしていても、周りは慣れたものなのか軽くスルーして自己紹介を続けた。
完全に置いてけぼりなあたし。
え、ええー? なんでこんなところでカミングアウトするのさ。え、てか、ネタだよね。受け狙いだよね。まさか本気じゃないよね?
疑問に答えてくれる人は、残念ながらいなかった。