怒り 罵倒
剥き出しの脚や顔やをなでる冷たい風に目が覚めた。
なんか、頭の置いてある場所が気持ちい。あったかくて、ふかふかで、なんか、安心できるような。
思うと、また眠くなってきたけど、寒いから我慢。ああ、けど起き上がりたくないかも。てか、起き上がれないですよ? なぜ?
「お目覚め?」
綺麗な声だ。
あたしの顔を見下ろす顔も綺麗だと思った。瞳の紫陽花のような濃い色も。鼻腔をくすぐる香りは、いまだに何の香りやら全くわからない。
「ええ。目覚めましたよ。オオカミさんに突如食べられたはずの赤ずきんちゃんのお目覚めです。さあどこです? あたしを助けてくれた狩人さんは?」
あたしはそんなことを言いながら、勢いよくアキラさんの膝から頭をどけた。
こんな人に膝枕をされていたとは。しかも、気持ちいいとか安心できるとか。ついに乱心したかあたし。ああ、不愉快。
アキラさんは答えない。どんな表情をしているかは知らない。見る気もないし見たくもない。
あたしとアキラさんはベンチにいた。こんなものまで用意されえているとは、さすがだね。屋外テラスとかもありそうだ。
日は完全に沈み、あたりは暗い。西欧的な街灯が遊歩道を小さく照らしている。ああ、完全に寄宿舎の門限破っちゃったよ。そかも僅か二日目で。なんていうスタートダッシュ。我ながら感心する。
高校生になってから不良デビューか。ああ、いや。まだ高校生じゃないか。学校始まってないし。
……どーでもいい。
あたしの胸には、まださっきの不快感が残っている。怒りや悔しさも。
少し涙が流れただけの目は、痛くはない。怒りを感じても、悔しいと感じても流れた涙は少しだけ。
ホントに、自分が不快だ。反吐が出る。
――もう、慣れたけど、それでも。
「あのね、ソノちゃん」
アキラさんがようやく、という感じに口を開いた。
あたしは、開けば何を吐き出すかわからない口を閉ざしたまま、宝石みたいに輝きながら散らばる星を眺める。キレイだと思う。
どんな時でも、月も星も。キレイなものはキレイだ。
「さっきは、ごめんなさい」
……。
「泣くほど、イヤだとは思わなくて……」
……。
「謝っても、許してはもらえないと思うけど……」
……。
「あなたに不快感を与えるためにやったわけじゃないの……」
「なら、何のためにあんなふざけたことしたんですか? 不快感を与えるためじゃない? ふざけないでよ。あたしは、十分不快だったわ」
我慢の限界だった。
星を見て心穏やかに。――なんて、そう都合よくいかないらしい。
開いた口は、己の不満を吐き出し尽きるまで閉じることはない。
「誰もがアンタと同じだと思うな。誰もがアンタを好きだと思うな。自分なんでも許るされるなんて思うな。いろんな女の子とそう言うことをしてるからわからないと思うけど、あたしはあんな奴らとは違うんだ。アンタとも。あたしは、これ以上ないくらいに、不快だったわ!」
あたしは、そこで口を閉じた。
感情のままに言葉を紡ぐのはすごく疲れる。恨み言や怒りを吐くなんて、それに追加して余計に疲れる。
あたしは、そういうのはすごく嫌いなのに。
まったく、不快だ。すごく、いや。
「……訂正なさい」
「……はぁ?」
アキラさんが何かふざけたことを言い出した。訂正しろ? 何を?
「訂正しなさい! わたしのことをなんて言うのもいいわ! けれど、あの子達に対するさっきの言葉は訂正しなさい! あんな奴ら。そう言ったさっきの言葉を訂正しなさい!」
いきなり立ち上がって激昂しだした。
きれいに整った顔が、今は怒りから凄烈だ。
あたしは、それを見て諦めた。
こんな人に何を言っても無駄だろう。
あたしはベンチから立ち上がるとアキラさんに背を向けて歩き出した。
もう、いいや。疲れた。心も身体も。こんな時間に帰ったら怒られるだろうけど、まぁ、いいや。しょーがない。ああ、そうだ。荷物そのまんまだ。明日やろう。今日はもう無理。カナエちゃんは大丈夫かな。一人ぼっちで泣いてないかな。モミジちゃんがいるから大丈夫だよね。
「待ちなさい」
肩をつかまれる。ああ、もう。鬱陶しい。あたしはもう、あんたの顔を見たくない。声も聞きたくない。あたしの顔を見せたくない、声を聞かせたくない。あんたの近くにいたくない。
だから、もう、構うな!
「あたしは、友達になれかなとおもってたんだ。ちょっとアレだけど、いい先輩だなって、思ったんだ」
なのに、いや。だから、あたしは言ってやる。
「けど、違った。あたしは、アンタが死ぬほど嫌いだ! 大っ嫌いだ! 二度と、声をかけるな! 触れるな! あたしに、二度と構うなっ!!」
アキラさんは目を見開き、硬直している。その表情が何なのか、あたしにはわからない。だって、もう関係無い人だもの。どうでもいい、同じ寄宿舎にすんでいて、同じ学校にいる、ただの上級生。
背景キャラAだ。
あたしは、固まった状態のアキラさんの手をあたしの肩から叩き落とすと、今度こそその場を立ち去った。
もう、一秒でもあの人の前にいたくない。
「……あめ?」
冷たい感触に、雨でも降ったのかと空を見上げるけど、雲一つない。
鳥のフンかなぁ? だとしたら、いやだなぁ。
現実逃避気味に、そんな馬鹿なことを、いつも通りに考え笑う。
――寒いな。