お散歩(迷子)
最初も思ったんだけどね。ここ。すっごく広いのね。世界的有名ネズミの運営(?)するお国には行ったことは無いけど、一日で全部は回れないという話から推測するに、多分その半分か半分強くらい。
いや、知らんけどね。大げさすぎかもしれないけどね。もしかしたらもっと広いかもだし。だって、まだ全部を周ったわけじゃないわけだしね。
と、言い訳言い訳。
さらにね。一々建物と建物の間が結構開いちゃってるのよ。ほら、遊園地とか。アトラクションとアトラクションの間が開いてるじゃない? そんな感じ。
道とかもいい感じ整備されてるから、そこらの遊歩道よりもかなり質がいい。さすがお嬢様学校。現在はそうでないにしても、色々贅沢だね。
そんなことを思いながら、自室から逃走し、寄宿舎からも出てみたあたしはその整備されたいい感じの道をぶらぶら歩いている。鳥の囀りとか、いい感じ。朝は呪祖を吐いたけど、それはそれ。これはこれ。いいものはいいのよ。
けれどもここで問題が一つ。
あたしはお散歩を、時計が無いから多分だけど、二時間くらいはしている。
正直言うとね。そろそろ帰りたい。荷物そのままだし。マザーしか開けてないし。きっと多分もう怒ってないだろうし。
んじゃ帰ればいいじゃんとか思うけど、それが出来ないから困ってる。
あたしは、またもや迷子です。
へるぷめー。
そんな妙ちきりんな電波を、とにかく送信してみる。誰かに届けあたしのこの思い。ああ、なんかロマンチック。電波なのがちとイタイ。けれどこれも、たまにビックリサプライズな味をかもし出すソノちゃんテイスト。きちんと味わえ。
一人ぼっちで若干不安な精神下だと、独り言ならぬ一人思いもはかどるね。
「ここどこー?」
なんとなく、弱々しく呟いてみる。ちなみに、通算六回目。あと一回でラッキーセブン。何かいいことが起こるかも知れない。しれないけどすぐに七回目に突入するとありがたみが無いので、自制自制。お楽しみ後にとっておきたいじゃない。けれどあたしは好きなものは出来る限り最初と最後に食べる人です。最後だけだと物足りない。最初もしかり。
そんな寂しさを紛らわすための思考をせっせとやっていると、なにやら人の声。これはしめたとその声のほうへ足を動かす。
――動かしてぴたりと停止。
アキラさんだったり、アキラさんと同じような人が昨日と同じような状況の最中だったら、どうしよう。
考える。悩む。……決定。
迷子続行よりもなんぼかマシです。
あたしはその声のほうへとテクテクがさがさ移動する。
歩道から外れて茂みを掻き分けてすこし歩いたところ。そこに、存在した。
息を飲んだ。
春色の植物。
暖かな春の陽射し。
陽光に照らされ舞い躍る桜吹雪。
そこは、どこか浮世から外れ静謐めいていて。
舞い散る淡い桜色の中には、目を瞑り音を口ずさむ女性。
歌でも詩でもない。いや、わかってる。英語のような発音で空気に溶けるそれは歌だ。
わかってる。理解してる。それでも、それは音だった。
聴き惚れていた。
どんな賞賛の言葉を贈ろうとも、それは意味が無い。全ては、この音の前では霞む。
きれいな声だった。
けれど、とてもつらそうな声だった。
悲しそうだった。
痛ましい声だった。
けれど、どこか安心させられた。
不思議だ。
気付けば、音は止んでいた。
「いるんだろ? 別に咎めはしない。出てきなよ」
一瞬、誰に行っているのかわからなかった。むしろ、そこに自分がいたという事実すら忘れていた。
あたしは、ああ、あたしに言ってるのか。と、ぼんやりとした頭で思うと、いつの間にか隠れるようにしていた木の陰から出て行った。
「……いつから聴いていた?」
どこか中性的な声だった。
その言葉には咎めるような響きはなかった。ただ、疑問に思ったことを訊いてるだけのようだった。
「ちょっと前から」
「そう」
それきり、口を閉ざしてしまう。
やっぱり、美人だった。きれいだけど、女性的な意味ではなく。なんというか、かっこいい美人だった。
ショートカットのくすんだ金髪。鶸色の瞳。シャープな顎。どこか、透明な存在感。
鶸色をした瞳は片目だけ閉ざされていた。ただ閉じているのか、開けない理由がるのか。それは見ただけではわからなかった。
「…………キミは、新入生?」
唐突にそう訊かれた。
「え? ああ、はい」
そんなことを訊かれるなんて思っていなかったので、はっきりしない間抜けな答え方になってしまった。
「そう。……やっぱりね」
そう言うと、クスリ、と静かに笑んだ。そんなしぐさが、妙に女の子らしく見えた。
「……寄宿舎以外では、制服着用。先生達に見つかったら、怒られちゃうよ?」
なんのことだろう? そう首を傾げた。
目の前の人の服装は制服だった。なんとなく、自分の服装を見下ろす。
短パンにハイネック。部屋着のままだった。
「……ここの生徒なら、常識だよ。けど、新入生ならしょうがないよね。きっと、見つかっても大丈夫だろう」
やっぱり注意くらいはされるだろうけど、と微笑んだ。どこか儚い微笑み方だった。
なぜ、この人はこんなに悲しそうに、寂しそうにしてるんだろうか?
「……大丈夫ですか?」
思ったら、つい口から出ていた。やば……。そう思ったが今さらだった。
いきなり変なことを訊かれた彼女は、きょとんとしている。
「……何が?」
「あ、いいえ。なんでもないです。忘れてください」
あたしは咄嗟にそう言うと、なぜか変なことを言った自分が恥ずかしくなった。踵を返して、逃げるようにダッシュでその場を後にする。
変なこと、だろうか。
変なことを言ったと思っている自分に、そう問い掛ける。
確かにあたしは思ったんだ。悲しそう。寂しそうだと。
錯覚、だったのだろうか。
思うと途端に自信が持てなくなってきた。どんどん自分がおかしなヤツに思えてくる。きっと、変なヤツと思われたに違いない。ぬあー。初対面での印象最悪だわ。てか、学年とか聞けばよかった。上手くいけばお友達になれたかもしれないのに。かといって、今から戻るのも、それはそれでちょっと辛い。そもそも、道なんて――。
はっ、とした。
本日二度目の逃走。
一度目の逃走により迷子だった。
人に出会えた。
帰り道を訊けばよかった……。
自分が迷子だということすら忘れていたあたしは、こうして迷子を続行せにゃなら無くなった。それも、部屋着のままで。先生達に見つからぬよう、慎重に寄宿舎に戻らねばならない。
何か言われるのが嫌だとか、中学生みたいなこと考えずに迷子になりました助けてティーチャー、と言えばいいのにとか思うけど、そこはそれ。そう簡単な話ではない。
てか、先生達ってやっぱりいるんだ。まだ休みなのに。
――あたりまえか。