荷物・前
正直言うと、ものすごく気まずい……。
あのあと、あたしはモミジちゃんによって丁寧に起こされた。おかげで、起きていたのに別の眠りにつくところだったよ。……濡れタオルはダメでしょう。常識的に。
モミジちゃんの告白がよほどショックだったのか、カナエちゃんはあたしがモミジチャンに起こされたとき既に意気消沈していて、話し掛けても上の空だった。今も、肩を落として俯いている。
寝たふりをして全部聞いていただけに、こう言うときなんと声をかければいいのか余計にわからない。
モミジちゃんはモミジちゃんで、そんなカナエちゃんをぼんやりと眺めていて、あたしが話し掛ければ一応反応してくれるけど、すぐに意識がカナエちゃんのほへ行ってしまう。
どうしろってのよ。
あたしが手持ち無沙汰にベッドに座って文庫本を読んでいると、救いの手が差し出された。
コンコン、とノックの音。二人とも反応しないのであたしがなんでせう? と扉を開ける。
そこにいたのはお京さんだった。
「こんにちは苑さん。寄宿舎にはなれた?」
人懐っこい笑みを浮かべながら、お京さんはそう言う。
「いやいや。慣れたもなにもまだ一日しかたってませんし」
苦笑気味にそう返すと、それもそうねとコロコロと笑い出した。つられてあたしも笑う。笑っておく。
「それで、どうしたんですか? 世間話なら大歓迎ですけど」
「そうね。それもいいわね。たしかカフェテラスはいつも空いてたはずだし。けど、それはまた今度ね。苑さん宛てにお家からお荷物が届いてるから、それを知らせに来たの」
はやっ。
昨日の今日で荷物が届くなんて思っていなかった。すごいな黒猫。はやいな黒猫。出前迅速落書き無用なその速さにお客様はサプライズしつつも大満足さ。誉めて使わすほぅらニボシだ。好きだろニャンコめ。
「私も歳だし、荷物も多いからエントランスホールに荷物は置きっぱなしなの。誰かと一緒に持って上がってね」
「了解です」
やることがるから、とお京さんは帰っていった。
さて、あたしが送った荷物はダンボールで二つ分。サイズは中くらい。ガンバレば一人で持って上げれるが、何せここは三階。ちょいとばかしきつい。正直言うとヘルプで誰かに手伝ってもらいたい。
さて、だれにするかな。て、決まってるけどね。
「モミジちゃん。手伝って欲しいことあるんだけど、いい?」
「…………」
返事がない。ただの屍のよう――。昨日もやったなこれ。ダメだぞ早速の二度ネタなんて。そんなことではすぐにマンネリ化してしまう。マンネリ化はよくない。円滑な夫婦関係を築くためにも適度な刺激は必要不可欠なのだ。……誰と誰が夫婦やねんっ。
誰も突っ込んではくれない脳内マンザイ。ボケと突っ込みはセルフサービスでお届けいたします。お冷はあちらにありますので。にっこりスマイルだウェイトレスさん。笑顔はいつだってノーマネー。
……なんだろうね。盛り上がれば盛り上がるほど空しいこの気持ち。それはまるで冬の木枯らしのよう。なんとなく詩人ぽくておセンチな気分。まぁ、冗談だけど。
「お〜い。モミジちゃ〜ん」
「え? ああ、はい。なんですか?」
二度目の呼びかけでやっとモミジちゃんは反応してくれた。これで無視されたあたしはスパイラルせにゃならんところだった。
「荷物を運ぶの手伝って欲しいんだけど、いいかな?」
「ええ、いいですよ」
モミジちゃんは頷くと立ち上がった。
それに気づいていないのか、カナエちゃんは無反応。顔を上げない。むむ。このままだと一人ぼっちにしてしまう。
「お〜い、カナ」
「カナ。ソノ先輩の荷物を運ぶの手伝いに行くよ」
あたしが言う前にモミジちゃんはカナエちゃんにそう呼びかける。
カナエちゃんははっと顔を上げると、モミジちゃんを見、あたしを見頷いてから立ち上がった。
なんじゃらほい?
首を捻りつつもあたしたちはエントランスまで荷物を取りに降りる。
広いエントランスにぽつんとダンボールが置かれているのはどうにもミスマッチで、なんだかとてもシュールだ。
まぁ、それはいいのよ。それはね。なんとなくわかってたことだし。今さら今さら。
それよりも、だ。
「三つ……」
「三つですね」
あたしの呟きに、律儀にもモミジちゃんはそう答えてくれた。いい子だねホント。
あたしが送ったのは二つだ。けれど目の前にあるのは三つ。他の人のかと思ったが宛名は『椎本 苑』同姓同名の人がいない限りがあたし宛だ。つまりこれはあたしの。
一個多いよ?
しかも、その一つだけなぜか大きい。カナエちゃんくらい小柄なら何とかは入れそうなくらいの大きさだ。
「意外と軽いですね」
モミジちゃんの言う通り、謎の大きな荷物は見掛け倒しでとても軽かった。空ではないのだが、何が入っているのかはわからない。
「とりあえず、持ってあがろっか」
あたしが中くらいのを一つ。モミジちゃんも同じ。一番軽くて一番多きいのは、カナエちゃんが持ってくれたのだが……。見た目だろうか。ついつい、
「だいじょうぶ?」
と言ってしまう。
カナエちゃんはコクコク頷くと軽い足取りで階段を上がっていった。
「軽いとは言え」
「変な感じよね」
大き目の荷物を軽々運んで階段をあがるカナエちゃんを見ながら、あたしとモミジちゃんはそう呟いた。
いつまでもそうしていたってしかたないので、あたしとモミジちゃんもそれに続く。
部屋に戻る道すがら、あたしはふと思いついたかのように言ってみた。
「今までは、モミジちゃんが一緒に寝てあげてたんだよね」
「はい」
「これからもそうしてあげて、って言ったらどうする?」
「どう、とは?」
「ん? そのまんまの意味。寝てあげる?」
「それは、カナがそう言ってきたら……」
「そっか」
「あの……?」
あたしの唐突で脈絡のない問いかけに、モミジちゃんは不審げにしているがあたしはそれを軽く無視する。気付いてないみたいなそぶりで。
「カナエちゃんて以外と足早いね。急ご」
あたしはモミジちゃんを振り返らずにそう言うと、足を速めた。
結論。あたしにこう言う人間関係のあれやこれは無理。普通のならまだしも、そこに恋愛感情が入ると異世界だ。
今のでわかった。モミジちゃんはカナエちゃんのことが言葉通りに好きなんだ。モミジちゃんは隠そうとしてたけど、逆にわかりやすい。
困惑と焦燥。そしてもどかしさ。
朝のことから今の答えを通して、それが窺えた。
やだなぁ。なんだってあたしはこんなことに――。
考えても意味のないことをしそうになったあたしは、電源を消すみたいにその思考を絶った。