第96節 別れ喧嘩
それから数日後。
「良し!」
ジオは身支度を整えると笑顔で振り返る。自分の生まれ育った生家を。生まれてからずっと一緒だった家族を。
「じゃ、ちょっくら行ってくらぁ!」
一声残してジオはそれきり振り返りもせずに通りを走っていった。目指すは丘の上。学士院だ。
「あの子ったら……」
「大丈夫。あいつはもう一人前さ。なにも、心配することはない」
年老いた母親の肩に手をやって、アレックスは安心させようと声をかけた。
(そう、もうあいつは立派になったよ。父さん、自分で自分の道を選べるくらいに)
感慨にふけるアレックスに「でも……」と母親は水を差す。
「あの子、ハンカチ忘れていったのよ」
「……あ、そう」
道すがら、ジオの視界にアリアンロッド家が入る。
一応挨拶でもしておくかと小石を拾い上げ、二階のルルの部屋の小窓に向かって投げる。
こつんと当たり、跳ね返る。でも、それきりルルの出てくる様子はない。
もう一度、やってみる、今度は少し大きめの石で。しかし、同じく反応はない。
イライラしたのでもっと大きい石で。
ガシャン。
「…………」
窓ガラスが勢い良く割れたのでジオは今のはなかったことにして、ダッシュで逃げ出すことにした。
その頃、ルルの部屋ではルルのママさんが頭に大きなたんこぶを作って倒れていたが、まぁ、平気だ。
ドガシャ!
と、勢い良く導師室の扉が開かれ、ジオが突入してきた。
驚く導師たちの視線を集めながらジオはつかつかとドッパラピッパラ導師の机に近づいていくと、
だん!
と、机を叩いた。グォーライ導師が脅えて机の下に隠れる。
「なんだね? 君はまだ謹慎中のはずだが」
怪訝そうにジオを見るドッパラピッパラ導師に見せ付けるように、ジオはその書状を突き出した。
学士院を出て、郊外に向かう。
エルファームはその周囲を大輪の花のような外壁に囲まれている。そして四方の門によってのみ国外との往来ができる。ジオが向かうのはそのうちの西門だ。
その途上、ジオは殺気を感じて即座に跳んだ。石畳の床に突き刺さるナイフ。
「だから避けるなといつも言ってるだろうがぁ!」
「だから避けるに決まってるだろうがぁ!」
いつも通りの口喧嘩。マイケラさん宅の屋根の上から姿を現したのは白髪のトラブルメイカー、フブキ・ビクトレガーだった。
ナイフが飛ぶ。ジオがバック転をする。
拳が唸る。フブキがしゃがんでかわす。そして、反撃をジオが余裕で受け止める。
しばらく続いた攻防を終わらせたのはツララのフライパンだった。
ルルのママさんのように、大きなたんこぶをつくって倒れたフブキの横に、ツララは立って。
「……もう行くんだね」
「あぁ、ちょっくら行ってくる」
「……元気でね!」
ジオは高らかに腕を上げ、ツララに応えた。
背負った革袋にナイフが一本刺さっているのにも気付かずに、力強く去っていく。
(アイちゃんにはジオ君を止めるよう頼まれてたんだけどね。やっぱり無理だわ)
ツララは振り返ることのないジオの背中に手を振り続けた。