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LuruGeo  作者: 池田コント
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第94節 花火の下の告白

「なにか、出し物でもあったのかな、みんな疲れてるみたい」

 シュリーが、出店で溢れかえった通りを見ながら、少し息を弾ませてささやく。ルルの方は、忘れていた存在に気付き、かなり引きつった笑みを浮かべてそれに答えた。

「そうだね、今日はみんな、序盤からエキサイトしてたみたいだし」

 その言葉を聞いて、通りを見て見れば、出店の大半は、どこかが必ず破損しており、台風の通り過ぎた後のような惨状を呈している。どうやらその台風は、現在マザーブルーへ向かっている様子で、道すがら所々で、爆音とも怒号とも付かない騒動が広がっているらしかった。

 ジオさんは先日の怪我で動けないらしいから、あれをやらかしているのは白いトラブルメイカーでなければ花園の乙女に違いない。

 ルルは、それから遠ざかるように、学士院へと向かう方向に、進路を取る。

「シュリーさん。こっちに行こう」

 その際、決して意識して出た行動ではないのだろうが、ルルはシュリーの片手を自ら引き寄せた。シュリーはドキッとしたのだが、隣を見れば、ルルは至って平然と、シュリーの手を握り、導いている。

 シュリーは、その横顔を、なんとなく見つめる。ルルもその視線に気付いたのか、シュリーへと目を向けた。二人の視線が触れ合う。シュリーは、急にルルの目が今までと違う人の目に見えて、一瞬フワリとした浮遊感を味わう。

「どうしたの? シュリーさん。ルルの顔に、なにか付いてる?」

 ルルの声。シュリーは、その言葉に適当な相槌を打って、今度は通りに目を向ける。ルルの方は、なんだか肩透かしを食らったような顔をして、それでも手は離さずに、学士院へと向かう長い坂道を、二人で登る。

 通りに目を向けたシュリーは、漠然と、道を歩いていく何組もの男女を見ていた。誰もが、熱に浮かされているように、シュリーには思えた。今の自分のように、祭りのせいなのか、それとも、隣に居る……想い人のせいなのか、シュリーにはわからない。

(ずっと、このままなら、いいのにね)

 ふと、そんな言葉を、通りを通る男女にかけてみたくなった。きっと、誰もが同じ気持ちなのだ。今の瞬間を、切り取って、そのまま、永遠に繰り返したい。それが、どんな時代でも、恋人たちの願いなのだ。

「……恋人」

 シュリーが、まるで夢を見ているかのような口振りで、つぶやく。ルルは、それを聞き取る。声はかけない。自分がなにかを口にするだけで、この瞬間が逃げてしまうように思えたから。

 まるで篝火の中で演じられている芝居のように、自分の頭の中で、様々な出来事が、思いが巡るのを感じる。

(変わったって、よく言われる気がする。でも、一番それを知ってるのは、ルルだよ。ルルは、自分が本当に変わったって思ってるよ。今のルルを、お父さんはどう思ってるかな……ルルは、なんとなくわかった気がする男の子の意味。初めてシュリーさんが家に遊びに来たときのルルとは、全然違うルルを感じてるよ)


 学士院。中央階段。エルファームの全景が見渡せるポイントだ。

「わーっ! ……綺麗だね、ルルちゃん」

 シュリーは感嘆のため息と共に、ルルに話しかける。ルルは静かにうなずきながら、祭りの熱気に包まれたエルファームの町を見下ろす。町の中央を通って、篝火の川が、祭りの中心であるマザーブルーへと流れていく。その篝火に導かれて、たくさんの人たちが、同じように時を過ごしている。

 二人は、そのまま口を開くことなく、ただ、静かに町を見ていた。その内に、ルルが座ろうと、シュリーを誘う。

 階段の中ほどに座った二人は、なにかが動き出す予感と共に、語り始めた。

「明日だね」

「うん」

 明日。シュリーがここを去る期日。

 アイリーンとジオはどうなったのだろうかという問いが、一瞬二人の間を過ぎるが、同じ問いと、同じ悩みを共有した二人のことだ。きっと自分たちのように、最善の答えを出しているのだろうと、二人は胸の内で祈った。

「シュリーさん。ルルが、屋上で言おうとしたことなんだけど……」

「うん」

 シュリーは、静かに先をうながす。もう、取り乱したりはしなかった。町から、この場所に来るまでに、心は決まっていた。どんな答えでも、今なら、笑顔で受けることができる。

「ルルは――」

 ルルの言葉を、マザーブルーから打ち上げられた魔術式花火が、遮った。

 シュリーが、なにごとかささやいている。ルルは、静かに耳を傾けると、シュリーの肩を抱き寄せた。優しく、それでいて強く。

「いいの? いつもどおり邪魔しないの?」

 茂みに潜んだノートンが隣にいるコリーに尋ねる。

 草陰は花火の明かりも届かず、暗い。表情など読めない。コリーの体が震えているような気がするのは、やはり暗闇のせいで、どこかで鳥が鳴いていて、夜気が湿り気を運んできている。

「……うるさい、バカ。死んじゃえ」

 肩をすくめて視線をそらすノートンを見る余裕もなく、コリーは感情の垂れ流しを抑えるのに必死だ。

(……あたしのほうが先だった。今でもあたしの方が上で、あたしの方が好きだ。絶対、間違いなく、負けないし、ずーっと、一緒にいれば、やがては愛情だって得られる自信がある。だけど……)

 ルルはきっぱりとインターンを拒んだ。家族すら説得して、シェリーを選んだ。

 愛じゃないかもしれない。短期間で真実の愛が見つけられるなど、若者の妄想か、絵空事にしかありえないとコリーは思っている。一時の激情。使命感のようなものが、ルルを突き動かしている。

 馬鹿げたことだ。絶対後悔する。

 けれど、コリーにはもうルルを止める手段が思いつかない。

 想い人としてだけではなく、もっとも親しい友でもあった二人だからこそ、インターン選抜が差し迫ったある日に相談をもちかけられたときに、既にコリーは親友である他のほとんどの選択肢を失っていた。

 はけ口を見失った密やかな気持ちは、おそらく永久に、胸の奥にしまわれることになるのだろう。

 花火の下、肩を並べた二人を見よ。なんとも似合いの仲ではないか。

(……ルルちゃん、幸せにね)

 コリーはそこまで野暮じゃないんだ。

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