第88節 妄執の決着
「さぁ、いくぜ」
ジオはそういって印を組み始めた。バテリオは余裕の表情で眺めている。
(また、同じ術か……こいつ、これしか知らんのか?)
ジオが旋風烈弾を用意し始めたのを見て、バテリオは思った。しかし、なにか面白いことを仕かけてくるような期待もあった。年甲斐もなくワクワクしている自分がそこに居た。
(なにをしようと、勝つのは私だ。私に勝てるのは、あいつだけなのだから)
ジオが印を組み終えた。構え、掌に渦巻く風の弾を解き放つ。
「必殺! エアリアルバレェェットォオ!!」
「こぉおおい!!」
掌を離れ、開放された風の弾は、その場で強烈な突風を四方に吹き散らかす。砂煙が巻き起こり、周囲の固定されていない物があちらこちらに吹き飛ばされた。
しかし、これでは、バテリオには屁でもない。少し離れれば耐えられないでもない。威力はその程度に抑えられている。
(ということは……これは囮っ! 砂埃を巻き上げて目くらましに使ったのか)
「旋風列弾!」
バテリオの放った突風は床を這い砂煙の舞う視界を晴らしていく。
そして、動く人影を、とらえた。
「魔神鞭!」
鋭く飛んだ赤黒い鞭が肉体のほぼ真芯を貫いた。血肉を突き破った感触が間接的に腕を伝って届く。
(やったか? いや、これは)
鞭の先にあったのは小太りなヒゲ男の身体だった。砂煙に紛れて、ジオが押したのだろうか。
「るらああぁぁぁ!!」
(……上っ!?)
高く。
獲物を狙う鷹のごとくに、ジオは鋭い眼差しを携えて降りてきた。
数瞬後にはバテリオまで到達する。高度な術は間に合うまい。このまま一気にやり遂げる!
(甘いぃ!)
「不可視の防御壁!」
バテリオを中心に円形に不可視の障壁が展開する。例え真上から来ても死角はない。あらかじめ想定し、即座に起動できるようにしていたのだ。
「があっ!!」
ジオの拳が障壁と衝突する。渾身の力を込めた体重をかけた一撃はさっきの様には止まらない。見えない魔力と摩擦されジオの手がボロボロに削れて行く。だが、止まらない。この勢いはバテリオを打ち倒すまで止まることはない。
届くか。
届かないか。
(届け!)
(届くな!)
ジオの腕力とバテリオの速効魔力は拮抗し、そして。
バテリオの顔面直前まで行って、ジオの拳は止まった。
(勝った!)
バテリオが狂喜にひき歪む。見開かれた瞳は障壁に埋まり、身動きの取れないジオに注がれている。このままならジオの行く末は、悪魔の鞭によって四肢を無残に切り刻まれていくだけだ。
他の連中には邪魔をさせる気はない。なぜだかバテリオの懐かしいあいつを思い出させるこの青年を、殺して良いのは自分だけだ。
「死……」
「死ぬのはてめえだよ」
予想だにしない発言。目の前で開かれたジオの手の中には、拳の中に握り隠すことができるくらいに圧縮された高密度の風が荒れ狂っていた。
バテリオは自分でも驚くくらい穏やかな気持ちで、自身の敗北を悟った。
「絶対必殺! エアリアルバレットオオォォォォッ、マックス!!」
解放された暴風はジオの腕を弾き飛ばし、荒れ狂った。魔力によって発生された擬似的な風は不可視の壁を素通りする。しかし、その暴風に吹き飛ばされる人間は不可視の壁を通らない。
結果、最高級の暴風を正面に受けたバテリオは風の圧力によって自らの壁にはりつけにされ、その壁と風に挟まれ、圧死した。
(負けた……か、これでようやく、終われ…る……)
デーモンと一体化した紋章術師の最期の表情は、微笑んでいるかのようにジオには見えた。
だが、死闘を終え、満身創痍になっていたジオは、さすがにもうそんなに長く意識を保っていられるような状態ではなかった。
(こりゃぁ、親父のマントがなかったら死んでたかもな)
父親の形見である、耐術処理の施された深緑色のマントをなでる。これがジオの身体を暴風から守ってくれたのだ。
どさ。
ジオは大文字に倒れる。天井は結構高かった。
白く染まっていく視界の中、ジオはたくさんの人間の、ときの声を聞いた。
「遅えよ。馬ー鹿」
それが王国警備隊の連中だと理解し、毒づく。そいつらの声に混じって、少女の悲鳴のような声を聞いた気がした。
「……悪い、怪我した。いや、悪くないぞ、オレは。オレは、生き残ったんだから」
ジオは少女を安心させるように安らかに笑いかけ、そのまま眠りの世界に身を委ねていった。