第84節 任せとけ
第三倉庫街の一画。
大規模な区画整理によって区分けされた住民のいない区域。
事務的な建物や湖湾貿易の倉庫が連立しているこの辺りは、夕暮れ近くなる時間帯、貿易関係の残業をしているご苦労様な方々以外は人っ子一人見られない。
で、そんな勤勉な人の絶対数が少ないエルファームであるからして、人の姿はほとんど皆無であった。
ここにいる数人の男女を除いて。
ジオは煉瓦造りの壁に身を隠し、奥の建物を伺っていた。
「あれか」
「あれです」
傍らに身を寄せるアイリーン。彼女はアローンがヒゲ連中を惹きつけてくれていた時に、残りのヒゲがシュリーを建物の一つに連れ込むのを見ていた。
『神の民至高平和連合会本部』
大きい表札がかかっている。
「……なんかやばいね」
ツララが陰鬱な表情で言った。「ああ」とランケンがうなずく。
「……って、なんで、あんたがいんだよ」
「いてもいいじゃないか。邪魔か?」
「お邪魔虫だな」
「それ違う。……ま、とにかく、アローン君が詰め所に向かっているはずだから、待っていればブルーゲイルが来ると思うけど……どうする?」
「んなの決まってらぁ!」
親指を立てビシッと決める。そんなジオをアイリーンはすがるような視線で見つめる。
「ジオさん……」
「アイちゃんはここで待ってるんだ。ドクロマンたちが来たら、オレたちのことを伝えてくれ」
ドクロマンとはアローンのことか。
「……でも……」
「大丈夫だ」
ジオは断言する。
アイリーンがこれ以上ついていっても足手まといにしかならないというのは明らか。誘拐集団がどんな連中かわからない以上、危険度も計れないわけで、アイリーンは荒事に向いていない性格である。
シュリーを助けに一番行きたいのは彼女だろうに。
そんな心情を理解しているのか、ジオはアイリーンを見遣りうなずきかける。アイリーンもまたジオを信じ、うなずき返す。
「よっし、いくぞ!!」
かけ声とともに、作戦行動が開始された。
こんこん。
こんこん。
扉が叩かれる。
カードに興じていたヒゲ男たちはさっと席から立ち上がり身構えた。
機敏な動作である。危険を伴う荒事には少なからず慣れがあるのだろう。
数人は内側に残り、二人は扉を挟み込むように横の煉瓦壁に背をつける。扉は、倉庫街にある建物にしてはとても小さい。大勢で一気に攻め込まれないよう工夫しているのだ。
だが、扉を入ってすぐに唐突に壁を配置しているのはどうだろう。これも同じく攻め込まれたときに、直進できずに勢いを削がせる工夫なのだが、普通の事務所にはこんなものはない。 あからさまに不自然である。
「はい、神の民至高平和連合会本部ですが、どちらさまで?」
事務的な問いをするヒゲ男。手には小型のナイフを忍ばせている。
間もなく扉の向こうから返事。
「ちわ〜〜ミカン屋で〜〜す♪」
聞きなれぬ男の声。アイコンタクトするヒゲ男二人。もう片方は腰に吊るしたブロードソードに手をのばす。
「……どうぞ、入ってきてください」
沈黙。
各々、武器を握り締める。
筋肉を緊張させる。
「じゃぁ、失礼しま〜す♪」
少し遠くからの声。
間隙なく。
ゴガァァッ!!
ブロードソードを握っていた男の背後の壁が突如として爆散し、ヒゲ男は吹き飛ばされ、扉から入ってすぐの壁にベジョ! と張り付いた。
うわ、びっくり。
口をパックリ開けて動きの止まるヒゲ男。巻き上がる煙の中に人影を認めるや我を取り戻し小型ナイフの投擲モーションに入る。
しかし、それは数瞬遅かった。驚きに心奪われている間に接近され、投げきろうとする頃には、目の前は突如として真っ暗になっていた。
フライパンの底。
か〜〜〜ん。
という小気味良い音にどさっとなにかが倒れる音が続いた。
「はーっはっはっはっはっは! 圧倒的じゃないかね! 我々はっ!」
夕日の陽射しを背に受けて、昂然と登場する男。
背の高く日焼けした武骨な男を引き連れて、その連れのせいでいつも以上に背の低く見える青年は闘志をみなぎらせて傲然とたんかを切った。
「さぁさ、雑魚ども! さっさとかかってきな! このオレ、フブキ・ビクトレガー様がみんなまとめてけちょんけちょんにのしてやるぜ!」
「……いや、それうちの父の名前なんですけど」
さりげなく自分の名前を名乗らない辺りジオは冷静だった。倫理的にどうかという問題はともかく。
ランケンのなんだかわからない破壊技とツララの機先を制するスピードで奇襲は成功。
既に二人のヒゲ男が転がっている。
残りはたった、ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな……あ、なんだか下から出てきて増えた………合計十三人だ、たったの。
「……多いんですけど」
という、ツララの弱気なセリフを聞いているのかいないのか、今、ジオはとてもやる気満々気力充実であった。
なにせ、たまりにたまったストレスを発散できるのだ。
大暴れ。それはスポーツにすら勝るストレス解消法。たとえ、酔っ払いや暴漢でなくとも。
今、ジオの精神は吼え猛っていた。
それに。
なんだか充実した緊張感だか使命感だかが身を包んでいるのを感じ、脳内が刺激されて仕方がないのだった。
「さて、要領よく武器も確認し、お前らも悪人と断定! 思う存分やってやるぜぇ!」
もしなにかの手違いがあったとしたら、とんでもない連中である。