第83節 ジオの夢
超優秀な紋章術師になることが夢だった。
いつごろ意識しだしたのかは覚えていない。気付けば、学士院階級第二位にだけ与えられる紫の外套と父の深緑色の外套とを重ねて見ていた。
父はエルファームの宮廷に仕える紋章術師だった。なに事にもタフで才気にも溢れた父。負けん気の強いジオは父を越えることを目標としていた。
父親が死んだのは王国の内乱のときだった。
王女派であった父親は宰相派の兵隊から王女を守るため戦い、命を使い果たした。
ジオは父親の意思を受け継ぐように形見である深緑の外套を身につけた。
ジオは決して紋章術師に向いていないわけではない。
魔力を扱う素養としても、父親譲りのものを持っているし術を使う際の滑らかな仕種は素晴らしい。
しかし、彼にとっての災難は性格的にも能力的にも術師よりかは戦士や武道家に向いているということと、ジオよりもさらに才能や適性に恵まれた者たちが周囲に多かったということだ。
彼はもう何年もインターン生に選ばれていない。
もう、将来を決めるのにぎりぎりの年齢なのだ。
ジオはマリーゴールドストリートをとぼとぼと、力なく、しかし、疾走していた。
基本的に、苦しみやストレスなどは運動やポエムで発散するタイプなのであろう。船旅から帰ってきてからポエムのノリが悪い最近は、もっぱら運動で解消している。
走り始めてもうそろそろ半日になる。いい加減疲労も感じなきゃ人間じゃないというわけで、ジオはぶんぶんと振り回していた買い物かごをポイと放ると噴水の縁に座り込んだ。
数瞬休むと立ち上がり、
「……ふぅ……っおっしっ! もうひとっ走りいくか!」
「おう。付き合うぜ」
「よし、ついて来い! ……誰だ! お前はぁ!」
勢いに乗ったノリツッコミチョップを、男は平然と受けた。ぴくりともしないその肉体、その筋肉。すすけた顔したその男はランケンだった。
「なかなかの手刀だ。しかし、磨けばまだまだいけるな」
「なんだ、オレの身体目当ての怪しいおっさんか」
「確かにそうなんだが、少し語弊がないか? その呼び方」
「ない。ってか、弟子がどうとかいう話なら断ったぞ。まだエルファームにいたのか、暇人め」
ランケンの方を見もせずにジョギングしだすジオ。ランケンはぴったりとついてくる。
「ん〜、考え直してくれんかな〜って思ってなぁ」
「あり得ない」
ランケンのお願いをジオはばっさり切り捨てた。そもそも、ジオに武道家になるだなんて選択肢はない。今ジオにとって大事なものは紋章術師の夢とアイちゃんだけである。
先の見えない夢。幼い頃から目指していた目標は、あまりにも暗い帳の向こうに閉ざされている。
そして、初めてかもしれない大事にしたい人はもうすぐ遠い故郷へ帰ってしまうらしい。
行けばずっと一緒にいられるだろう。けれど、それは夢を諦め、生まれ育ったエルファームとも別れることを意味していた。
決断できない、難しい選択。
ランケンの誘いは微塵も頭になかった。
「なぁ、やっぱりダメか?」
「ダメダヨ。ムリダヨ。デキナイヨ、社長サン」
と、わざとらしい南方訛りで茶化そうとした矢先、前方から見覚えのある姿が見えた。
向こうはこちらを見つけてなにか言いつつ走り寄って来る。ジオは立ち止まり、つい顔を背けた。
ツララと、アイリーンだった。
昨日の件がある。今は、なんだか顔をあわせづらい相手だった。
「ねぇ! ジオ君、ルルちゃん見てない!?」
「……いや、見てないが」
「くぅぅ、どこに! そうだ、ジオ君! すぐ来て! 緊急事態! 可及的速やかに任務を実行すべしなのですよ!?」
「はぁ? なにがどうしたんだよ、ツララさん」
すごい剣幕で喋るツララに押され、ジオは困惑気味で。
焦って上手く説明できずにもどかしい思いを募らせるツララが「だからぁ!」と言った時、瞳いっぱいに涙をためて叫んだのはアイリーンだった。
「助けてください! ジオさん! お願い! シュリーちゃんが、シュリーちゃんが大変なのっ!!」
ジオはまっすぐにアイリーンを見つめた。
自分を慕う一人の少女が助けを求めている。それだけで十分だ。
「案内しな!」
ジオはアイリーンを抱え上げ、走り出していた。




