第81節 白骨は見た
停学処分を受け、しばらく自宅謹慎を申し付けられたジオである。
ということは極力外出せず、反省でもしていなければならないわけであるが、方々の例に漏れずというか、ジオが内にこもってうだうだしているわけはないのであった。
まぁ、さすがに学士院に出入りすることはない。なんだか、アイリーンたちに顔を合わせづらいような気がしてならないこともある。
気を晴らすために、なにか体を動かすことを母親に求めてみたりした。
どうせなら、普段やらないような用事や家の手伝いも一緒に済ましてしまうのが効率的である。そうジオが考えたのかはわからないが。
買い物を頼まれて、すぐさま用意を整えると、買い物かごを握り締め、なにを買うのかも聞かず、ジオは走り出した。
「そうですか……いえ、すいません」
アイリーンは一言、礼をするとしずしずとその場を離れた。
休み時間に失神してしまったアイリーンは、目を醒ますなり授業を早引けして学士院を飛び出した。
もう既に最後の授業も終わりに近づく頃ではあったが、性格的に律儀なところのあるアイリーンが、具合も悪くないのに早引けするのは珍しいことであった。
いや、具合が悪い悪くないというのは身体が健康であるかどうかということだけで、心がついていかなければ勉強をするのも無理というものである。
心をジオに寄せてしまっているアイリーンにとってジオのいない学士院など、顔のない人形ほどに用はない。
早引けしてきたというのに、家を訪ねてもジオはいなかった。
ご母堂がおっしゃるには、昼前にお使いに出かけたということだ。
今はもう夕方である。
(……すれ違っちゃった)
自分が気絶なんかしていたから。
すれ違いと言うには躊躇われるが、ともかく、アイリーンは後悔の気持ちで満たされていた。
今、ジオさんはどこでなにをしているのだろう。
会いたいのに。会って話がしたいのに。昨日、なにも言えなかった分も合わせて……。
こんな風に落ち込んでいるときに空を見上げることができたのは彼女が空に親しい民であったからだろう。
思いがけず、親友の女の子が空を行く姿が見えた。
(シュリーちゃん……? あれは……)
夕陽から目を覆い、しっかりと目を凝らす。
(……泣いてる?)
アイリーンにはそう見えた。空にいるシュリーの表情など距離からも角度からもわかるはずなかったというのに。
時に、長く付き合いのある知己の者のことは姿など見られなくとも感じ取れてしまうことがある。
アイリーンはいてもたってもいられず走り出していた。
エルファームには異形の外見を持つ人物もたくさんいるが、中でも一番白かったり、どうやって動いているんだろうと疑問をもたれたりするのは彼で間違いないはずだ。
歩く骨格標本、というか骨そのもの、アローンは今重要な任務についている。
彼を創り出した市井の紋章術師がネズミを所望したのである。
「なるべく活きの良いやつを五、六匹といわず、いるだけ捕まえてくるんじゃぁ!」
造物主の言うことである。アローンはぶつくさ文句を漏らしつつもネズミの多い第三倉庫街地区の辺りにやってきていた。
「なんでまたネズミを捕まえるんでしょ」
とは言いつつもアローンはわかっている。ハカセは実験に使うともっともらしく言ってはいたが、彼の手にスプーンとフォークがしっかり握られていた。家の貯蔵庫にはもうチーズくらいしか残っていない。
「まじめに働けば良いのに」
(きっと次はカエルか鳥を捕まえてこいとか言うんだろうなぁ。ハカセ、魚嫌いだから)
とか思いながらネズミを追いかけていると、なにやら争うような声が聞こえてきた。
なんだろうと思ってこそこそ近づいていくと、一人の少女を数人の男たちが囲んでいるという、なんとも衝撃的な場面に出くわした。
(うわおぅ! 助けねば!)
という衝動を抑えて状況の確認に努める。
少女には翼があった。アローンの実体のない脳みそから、翼のある種族の情報が検索される。
実際見たことはないし、見た目からは断定できないが、ウィングドかフェザーフォルクか、またはハルピュイアだろう。
アローンはわからないが、実は二人には面識がある。船旅の一件の後、ツララたちのつながりで一度だけあったことがあるのだ。もっともいくら顔を覚えるのが得意なアローンといえど、仮面を被ったところしか見ていない少女に気付くなんて出来ない。
その時、アローンは気付いた。手前の建物の陰にうずくまる小柄な影に。
とっさに、アローンは飛び出していた。
「こらぁ、そこの皆さん! なにをやっているんですかぁ!」
一斉に振り向く男たち。皆、服装年齢ともにバラバラなのだが、なぜか一様にもさもさと見事なヒゲを生やしている。変だ。
翼の生えた女の子は既に気を失っているようだった。
「わ〜! なんだか大変なところに出くわしてしまったぞ! 急いで逃げよう! あ、でも女の子がなにをされるか気がかりだなぁ、確認しておきたいなぁ! あ、こっち来た。そんな暇はないので僕は急いで逃げるぞぉ!」
わざとらしいを通り越したような棒読みゼリフを残してアローンはすったかたったと逃げ出した。
数人のヒゲ男たちは慌てて骨人間を追い、建物の陰のそばをばたばたと通り過ぎていった。