第80節 姉のように
ツララは学士院第二屋上の入り口に呆然と立っていた。
なにが起きたのか、頭が回らなかった。どうやらとても気まずいシーンに立ち会ってしまったことだけはわかるが。
さっさと見なかったことにして逃げてしまうのが良いのだろうが、当事者たちが知り合いであることもあるし、どうにも放っておけない。それに、なにがあったのか知りたいという好奇心もあった。
うなだれたまま、止まったように動かないルル。
腫れ物に触るように恐る恐る近づく。こそこそと顔を覗き見ると、ルルは今まで見たことがないような表情をしていた。
苦虫を噛み潰した、という感じではない。
もっと辛くて。
もっとやるせなくて。
もっと、なにか、許せない、といった顔をしていた。
見ている方までなにも言えなくなってしまう、そんな表情。
ツララはそっと歩み寄り、ルルの頭を抱え込むように抱きしめた。
「ツララさん……」
はっと我に返ったように振り向くルル。
ツララはルルの円らな瞳を見つめ。
「いや、なんだかさ……。状況がイマイチよくわかんないんだけどさ」
ぽりぽりと頬をかき。
「なにかやれる時にはぼやぼやしてちゃいけないと思うんだよね。限界を知っている訳でもないのにさ……って、いや、そーじゃなくて、なんていうか……」
上手く言葉が出てこない。こういう時、自分は無力だと痛感する。人を勇気付けることすら、満足にできない。
仕方なく、ツララは考えることをやめた。
「……ん〜、と、とにかく! 女の子が泣いてるんだよ! だとしたらすることは一つでしょう!? さぁ、立って! 早く!」
「ちょ、ちょっと、ツララさん! 引っ張らないで」
「引っ張らないでどうするよ! ルルちゃんは私にとって弟みたいなものなんだから!」
ルルにはツララの言動の多くが理解できないものだった。
やっぱりこういったところは父親譲りなのだと思えてしまう。または育ってきた環境の影響。よくわからない単純な行動倫理。
けれど、それが清々しく感じられることもある。
ルルはツララと並んで走り出した。