第7節 ルル
といったところで、いったん話を切り、もう一人の少年の登場である。
彼の名はルル・アリアンロッド。
アッシュブロンドに輝く髪をポニーテールにして、瞳は深い藍。一五〇センチの体格は全体的に華奢で、細い指に丸爪。体のパーツが逐一小さくて、名も風体もまるで女の子みたいな印象だが、実は中身も女の子っぽい十三歳。
両腕に二十個も通した金属製のリングが、動くたびにシャラシャラとこすれて音をたてる。ゆったりとした綿のシャツを着て、小さな買い物かごを両手で持っている。
ルルは母からお使いを頼まれてラディッシュと香草をいくつか買いに来ていた。豊かな栗毛の恰幅のよい八百屋のおばさんがルルの開いているかごに野菜を詰めながら笑いかける。
「ルルちゃんてば、今日もかわいいねえ。色も白くって、まるでお人形さんみたいだよ」
「やだな、おばさん。そんなことないよ」
「ロースハムの雪だるまみたいなお前とは大違いだな」
「黙ってな、やどろく」
店の奥で、一人笑いこけている旦那に一喝すると、おばさんは笑みを復活させる。
「そうだ、あんまりかわいいからおまけしちゃおうか。これ、エルスズランって言ってね。食べられはしないんだけど、部屋に飾ると幸せが訪れるって言い伝えがあるんだ」
「え、いいよ。おばさんにはお世話になっているのに、これ以上してもらったら悪いよ」
「いいんだよ。うちにあっても仕方ないものだからね……実は、この花の裏の意味にね。『恋人との出会い』って意味があるんだよ、ルルちゃんももう、いい歳じゃないか」
いわくありげににやりと笑われて、ルルは頬を染める。
結局押し切られて、花を受け取るはめになってしまった。大きな緑の葉の下に隠れるように妖精の帽子のような白い花がちょこちょこ鈴なりに並んでいる。二十一歳にもなって浮いた話のない姉のためだと、自分を騙してそっとかごの奥にしまいこむ。
ルルは十三歳。そろそろ、甘酸っぱく切ない気持ちに胸を焦がす頃。
「ありがとう、おばさん。それじゃ、またね」
「ごひいきに! 彼氏ができたら、教えるんだよ」
その言葉に平坦な石畳の上で盛大にずっこけるルル。
(ルルは、男の子なのにぃ……)
すっかり女の子だと認識されていることが、今のルルの一番の悩みであった。
(父さんは、とても男らしい人だったって姉さんは言うけれど……ルルは全然似ていないのかな)
「あぶねー、どけーっ!」
と、その時なにやら騒がしい物音と共に怒鳴り声を浴びせかけられた。考え事をしていたルルはまさか自分のことだとは思わず、きょとんとして振り返り。
目の前に男が二人と馬が一頭、突っ込んできているのを知った。
「え」
「どけって言ってんだろうが、こなくそーっ!?」
もはや避けられるタイミングではない。ルルは運動神経が悪いというほどではないが、たとえハエ並みの反応速度があったとしても衝突を免れることはできないだろう。ルルはふっとばされるのを覚悟してぎゅっと目を閉じた。
しかし、思ったような衝撃はなかった。代わりに、ぐるんと宙を舞うような浮遊感があって、たくましい腕に強く抱きしめられている感覚がある。
恐る恐る目を開けると、そこには必死の形相をしている青年の顔。
ドキン。
高鳴る胸の鼓動。むずがゆい甘い痺れ。この激しい情感はもしかして……恋?
なわけはなかった。ただびっくりしただけである。
ルルは、自分をいわゆるお姫様だっこしている男の顔に覚えがあった。
「ジオさん!」
「お、誰かと思えば乙女ちっくばばあ及び嫁きおくれマリアさんとこのルルじゃないか。久しぶりだなぁ。元気してたか」
「ええ、まぁ、元気です」
つっこみどころ満載な物言いをするご近所さん兼同級生に対して言葉が見つけられず、とりあえずルルはそう答えた。母と姉の前でそのセリフは吐かないでくださいね、と心中思う。それよりも、ルルは状況の説明を求めた。
「このおっさんが悪いんだ」
「このガキが悪い」
ジオと並走しているフブキが異口同音に叫んだ。