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LuruGeo  作者: 池田コント
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第78節 バトル・オブ・ブラザーズ

 昔っから、決まっているものである。

 例えば一本道のはずの迷路が突然二つの道に分かれていたら。

 例えば見覚えのあるはずの見知らぬ場所に自分がいることに気付いたら。

 人は戸惑い、悩み、苦しむ。そんなものである。

 自身の根も葉もない安心感の中の常識。それがどんなに矛盾に包まれているのか、人は知らず。

 迷わない迷路はない。

 人が全てを知り得ることもない。

 思い描く世界と現実との軋轢(あつれき)に若者は今日もあがく。

 そんなものである。もしかしたら。

 悩まない若者はいない。これも当然のように決まっていることなのかもしれない。

 そして、ここに。

 とんでもなく悩みきっている若者が、心中雄たけびを上げているのだった。

「だらあああああああああああああああぁぁっっっ!!」

 いや、心中ではなかった。彼は実際に馬鹿でかい声を上げていた。

 その大声は、ともすればエルファーム北地区に属するサーバイン家から、アリアンロッド家を越えディオネ教エルファーム神殿を越え南端の港湾にまで響き渡るほどであった。

 当然隣の家のキングスさんの赤ちゃんは泣き出し、キングスさんの怒号が聞こえ、二軒先のラパイル夫婦は痴話喧嘩をおっぱじめる。

 バンッ。

 と、扉を開けて入ってきたのはその部屋の主と血を分けた実兄、アレックス・サーバインであった。

 そして、その部屋の窓辺に手をかけ咆哮する、悩める騒音公害ジオライト・サーバインに向かって怒涛のように詰め寄ると、パジャマの襟元(えりもと)を、首を絞める勢いでつかむ。

「お前は! なんだってこんな真夜中に叫びだすんだ! こんのバカチンが!」

「いつ叫ぼうがオレの勝手だろうが!」

 兄の手を、乱暴に振り解く。パジャマがはちきれそうになるのも気になどしない。そもそも、ジオはそんな精神状態になかった。

「勝手なわけないだろうが! とっくにみんな寝る時間だってのに。ヒマワリオオカミかお前は!」

「そんなキク科の一年草で種子は油用になる日輪草の名前のついた狼なんざ知るか!」

「お前は勉強しているのかしてないのかどっちなんだ!?」

 アレックスは少々主旨のずれた怒りをぶちまけると忌々しそうにジオを睨み付ける。ジオはフンと鼻息も荒く顔を背けると、三日月の夜空に視線を彷徨わせた。

「んなこと、関係ないだろう」

「関係ないだぁ? そんなことよく言えたものだな。いいや、関係あるのさ。だってお前は……」

(父さんと俺の……)

 と、そこでアレックスは二つのあることにはたと気付き、

「……いや、やめておこうっていうかそんな話をしにきたのではなかったな、うん」

 アレックスはひとまず落ち着いて、つい口走ってしまいそうになった言葉と、つい手に握り締めて持ってきてしまっていた可愛らしいうさちゃんタオルをしまいこむ。ジオがポップンなポエマーであれば、兄もまたファンシーグッズが大好きな青年であったりする。互いに隠してはいるが、二人ともやっぱり父さんの子ねぇ、と彼らの母親はお見通しなのは気付いていない。

「あ、ああ、そうそう、違う話だよな、うん、違う話だ、どんとこい!」

 手元にあったポエム帳に気付いたジオもまた、アレックスのようにぎこちない表情でポエム帳をこっそり隠す。そして、なんでもないのに二人してわざとらしく笑った。血は争えない兄弟である。

「で、まぁ、話を戻すぞ」

 こほんと咳をついてアレックスが言うと、ジオも同じようにこほんと咳をついてうなずいた。

「で、なんでまたお前はこんな時間に叫びだしたんだ。なにか理由でもあるのか?」

「理由なんかない。ただ少し悩んでいるだけだ」

「それは世間一般では理由があるというんだ!」

「でもオレの中ではそうは言わないんだ!」

「なんだそうなのか!」

 語気を強める言葉の応酬はあっけないほど尻すぼみに終わり、アレックスはひたと弟の顔を見つめた。そこからなにを読み取ったのかアレックスはあっさりとしりぞく。ジオはなんだか拍子抜けした。

 生まれてからこの方、ジオとアレックスはそこはかとなく仲が悪かった。近親憎悪とでもいうものだろうか。傍目からは仲良くじゃれる兄弟に見えなくもないのだが、気性のよく似た二人は昔から口喧嘩ばかりしていた。

 それが、数年前からめっきり減った。アレックスから折れることが多くなった。それはちょうど数年前、エルファーム王国の政変の渦中、彼らの父親が亡くなった頃から。

 アレックスは学士院でも優秀な成績を修めていたが、進学はせずに宮廷の学士として就職した。紋章術師としての活躍も嘱望(しょくぼう)されていたのだが、彼はそれを選ばなかった。心中は、それこそファンシーグッズの秘密より密やかなものだった。

「まぁ、悩んでるなら仕方ない。だが、今度からはもう少しセーブして叫べ。俺だって疲れているんだ。王宮にはまだ宰相派の残党のバカもいてな」

 後ろ手に手をひらひらさせる兄の後姿は、どことなく、死んだ父親の面影が重なるような気がした。いつのまにか年上の兄は、自分の知らない成長を遂げているようだった。ジオは軽く息を吐き、微笑む。

「……わかってる。せいぜい隣近所だけにするぜ」

「……ジオ、それじゃダメだ」

「……」

「……」

「なんでだぁー!」

「俺は疲れとると言っておろうがぁ! この愚弟が!」

「ゆっくり休めばいいだろうが!」

「ゆっくり休ませろや、こんのバカチンがぁぁぁ!!」

 なんのかんのいって、二人は結局仲が悪く。

 喧嘩するほど仲が良いとは言うが、ならば二人は熱烈に愛し合っていることになってしまうくらい熾烈(しれつ)に言い争いは続き、

「うるせぇぇっ!? 俺のベイビーが寝やしねえじゃねえかぁ!」

 キングスさんが赤ん坊を寝かしつけることが出来たのは夜空も白み始めた頃に、ようやくのことであった。

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