第76節 ノートンのゴシップ
次の日から学士院でジオの姿を見ることはなくなった。
グォーライ導師はパンパンに腫れあがった頬をおさえて苛立ちも隠さずに勤めている。
ジオには八日間の自宅謹慎が言い渡された。
件の騒動の顚末はノートンによって学士院中に広められた。グォーライ導師の見事に腫れあがった顔がその話題をセンセーショナルなものにしていた。
不用意な噂の陰には傷つく者たちがいるというのに。
「……で〜、びっくりしちゃったよ〜まったく〜、オラデッティオ導師なんかぽけーって口開けてててさ〜」
好奇心旺盛な生徒たちの中心で、ノートンがまるで自分の自慢話のようにペラペラ休みなく口を動かしていると。
トントン。
肩を叩かれ、振り向くと、涙をためた円らな瞳が目の前に。
(やばい!)
一瞬で、ノートンは感じた。なんだかよくわからない不安。危険意識といっても良いだろう。本能にすら達するような感覚がノートンの脳裏をよぎる。
目をつぶり、頭を押さえる。しかし、いくら待ってもウエスタンラリアットはこなければ、暴力的な風の衝撃波もこないし「アイちゃんを泣かすんじゃねぇ! このもやし野郎!!」という叫び声は聞こえてこなかった。
不審に思ったところで気付く。
(あ、そうだ。ジオは自宅謹慎じゃん)
ぽんと手を打ったところで、アイリーンがぼそぼそ言った。
「……もう……しないでください……」
「ん、え? なんだって?」
「……もう、その話……しないでください……」
それだけ言い切ると、アイリーンは盛大に泣き出した。非難の視線が一斉にノートンに集中する。
「あーっ! ノートンがアイリーン泣かした〜!」
「い〜けないんだ♪ いけないんだ♪ せ〜んせいに言ってやろ〜♪」
「ノートンならやると私は常々思っていたわ。もういい、もういいの、ノートン。ほら、もう自首しなさい」
「いや、待ってくれって!? おれ? おれが悪いの?」
『うん』と全員が全員、動きを合わせてうなずく。
思う存分泣いて、アイリーンが失神した。
慌てて受け止めるノートン。
「ひ、人殺し!?」
「誰がじゃぁ!!」
「お〜い、みんなぁ、ノートンが人を殺したぞ〜」
「え〜、マジ〜?」
「え〜、うっそ〜? やっぱり〜?」
「やっぱりってなんだ〜〜〜!?」
ノートンの叫びはむなしく響き渡り。
先日結成されたノートンゴシップ被害者の会のメンバーたちは密かにほくそえむのであった。