第70節 さらばムサシタイタニック
それは儀式と呼ぶべきものであった。
茶色の服の女の伴奏に、ダリルが一心不乱にタクトを振るう。ホールにひしめき合ったアンデッドたちは唱和するかのように一人、また一人と紫と白を織り込んだまばゆい光の中へ還っていった。
それは同時に荘厳な、彼ら最期の演奏会とも言えた。
ダリルは、あるいは悲しんでいた。長い年月を共に過ごしてきた旧友たちとの別れに涙を堪えて。
だが、彼は最後まで一瞬の気を抜くこともなくタクトを振るいきったのだった。
アンデッドたちの犠牲と、茶色の服の女の処置もあって、アイリーンはまもなく回復していった。
充分安心できる頃合を見て、一行は島を後にした。
負のオーラの影響からか、屈折した空間に停泊していた船はギィギィときしむ板音たたせながら進んでいく。甲板上にはダリルの姿もあった。
「かつては人ならぬこの身を恥じてあの島に身を潜めていたが……、そのような私の態度が彼らを無理矢理寄せ集めてしまう力を生じさせてしまったのだろう。これからは生命力の溢れた所で少し、暮らしてみようかと思う……」
なんだか自己完結している感のあるヴァンパイアをジオたちはエルファームへと誘った。あそこには怖いおばけなんざいないぜ、と。
波音が重なって島影は遠くなり、岬でずっと見送っていてくれるはずの女性の姿もいつしか視認できなくなっていた。
「君は、あの島のことを調べにきていたんだろう? だが、申し訳ないが、どうかあの島のことはそっとしておいてはくれまいか」
空を自在に飛び回る水鳥の様を眺めていたツララに、ダリルが話しかけた。
「あの島は彼らの墓標なのだ。わかってくれるだろう? それに、あの島は元々彼女がいるためのもの」
「あの女性は……?」
「彼女は三〇〇年の昔から、ずっと一人の少女を守り続けているのだ……。名をウェビライラという。それ以上のことは、私は知らない」
ツララは、今度は水面に視線を落として、答えを返した。
「約束はできません。私はなるべくなら秘密を持ちたくない友だちがいるんだ」
「……」
「……でもね。私の友だちもわかってくれると思うよ。ダリルさんがどうしても知って欲しくないというなら内緒にしてくれるんじゃないかな。むしろ、問題はみんなが口をすべらしたりしないかってことかもね」
軽く笑って振り返る。ツララの視界にはダリルと、その後ろに仲間たちの姿があった。ジオは丁度その時、完成させた紋章術をぶっ放すところだった。
「……なんて……え?」
「ちんたらちんたら進んでる場合じゃねぇ! 行くぜ全開! エアリアルバァレットォォォ!」
ぼごぉぉぉ。
ぐひゅるるるる。
解き放たれた暴風が荒れ狂い、そして、
メキメキメキ。
ボギャァァァァッァガッ!
とうとうボロ船、ムサシタイタニック号は耐え切れずにその長い生涯を終えた。