第69節 優しさいとおしく
「なかなか真似できるもんじゃないよね」
「……そうですね」
ホールに集まるアンデッドたちをツララとルルはそれぞれなにかを思い巡らしながら見下ろしていた。
「あんなこと言っていたけどさ……、本当は怖いよね。自分が消えちゃうってわかってるんだから」
「怖くないわけ、ありませんよ。きっと」
「……私も、できるのかな。誰かのために、自分が死ぬってわかっていても命を投げ出して……。できるの、かなぁ」
「できますよ。きっと、ツララさんなら。ツララさんは強い人です」
不安げに嘆息するツララをルルは笑顔で励ました。
ツララは一瞬ハッと息を呑む。ツララはルルの背後に聖天使を見た。
やわらかいとか、温かいとか、そういった心地よいものを全て内包するような、神々の祝福が注ぎ込まれ結晶化したような、そんな宝物のような笑みだった。
ツララは思いつめた心情がほぐれていくのを感じた。ルルは純真だ。もうどうしようもない悪夢のような状況というのを知らない。ただ素直に、自分の心の強さを信じ応援をしてくれているのだ。
こんな一つの純粋を守るためになら命をかけられるのかもしれない。
(……でも……だとしても……)
それが、たとえ、他人にはなんの価値も見出せないとしても……。
「……ありがとね、ルルちゃん」
いとおしくなって、ツララはルルの頭をクシャクシャにした。
ツララはアイリーンたちが亜人族であることは知らない。そして、ルルやジオたちが現在置かれている状況もまるで知らないのであった。
でなければ、彼女自身のことで思いつめるよりも先にやろうとすることがあったに違いない。
「や、やめてくださいよぉ、ツララさん」
「いいじゃん、嫌がんなくても。だってルルちゃんの髪の毛サラサラなんだもん」
「それ理由になってないですよ〜」
「そうかもしんない。あ、ところでジオくんは? コリーちゃんとシュリーちゃんはアイリーンの看護をしてるけど、彼は危なっかしいから出入り禁止でしょ?」
危なっかしいから。それもあるにはあるが、全てではない。力が弱まり、被術者の魔力供給によって維持される術……生命体の構造を一部書き換える術、が解けかかっている今、自身の姿を好きな人にさらすのは、辛いだろうと判断されたのが主であった。
ルルは図鑑を読んでシュリーたちの生来の姿を知っているが、それほど不快に思うことはなかった。事実、そんなに目を覆うほど醜いというわけでなし、なによりルルはエルファームで十三年生きているのである。普通でないことには結構慣れていた。
そんな風にルルは思うのに少女たちの気持ちはそうはいかないらしい。
「あ、ジオさんですか。ジオさんならそこでのびています」
「あ、本当だ」
すぐ傍の壁にもたれかかるようにして、ジオはルルの言葉どおりのびていた。意識はないらしい。
「ゾンビさんたちが言っていたんですよ。『あーでも最後に誰かおどかしてみたかったなぁ』って。それを聞いたらコリーさんが入れ知恵しちゃって。ジオさんにゾンビさんたちが本物のおばけだってこと教えて……さんざん怖がって怖がらせて、で、ジオさんこんな風に動かなくなっちゃったんです」
「ふ〜ん。まぁ、いつものことだから、いっか」
「そうですか〜?」
あっさりしすぎなツララの一言に同意しそうになりつつも、ルルは反意をみせてあげた。
優しい子なのである。