第67節 不思議の島のアンデッド・パーティ
霧の林を抜けて、いつしかルルとアイリーンも古ぼけた洋館に辿り着いた。
移動の最中、あれ以来二人の間には会話らしい会話などない気まずい雰囲気が続いていた。
「誰か住んでいるのかな……?」
そうルルが尋ねかけても、アイリーンは「わからない」とばかりに首を左右に振るだけだった。まるで自分が泣かせてしまったみたいで、ルルはとても心が痛む。アイリーンが勝手に泣いているともいえるのに。
誰かいますように、祈りながら扉をノックすると「どうぞ」と声。扉を押し開くと、にぎやかな笑い声が漏れてきた。
「……この声……ツララさん?」
「あ! ルルちゃんいらっしゃ〜い。ねぇねぇ、これ見て〜♪」
パタパタと喜色満面で駆け寄ってきたコリーは手に握った物体を突き出してきた。
それは、コリーの手のひらに収まるほど小さくて、白っぽい物体だった。しかも大きさに見合った目があって、鼻がなくて口もなくて、白い毛の生えた骸骨みたいな感じ。
「レベル五デス」
などとキーキー鳴く。その正体に思い至ってルルは驚きの声を上げた。
「もしかして、まっしろ白すけ!?」
「違うのであーる」
白い物体が抗議する。
「わがはいは死神なのであーる。白すけでもケサランパサランでもないのであーる。あんな綿ぼこリのようなのと一緒にするな、なのであーる」
「ね? 可愛いでしょう?」
死神の主張は軽く無視してキャピキャピと騒ぐ。
コリーの死神に対する扱いはどうかと思うが、死神とかいう仰々しい名前と存在感の割に、可愛らしい容姿をしているのは確かであった。なにせ開いた扉の隙間からこっそりこっちをうかがっているアイリーンが失神もせずに小さく「……かわいい」とつぶやいているくらいである。死神という肩書きがなかったらもっと近づいてきて触っていたかもしれない。アイリーンは多分ジオの次くらいに怖がりだというのに。
奥のホールにツララがいた。他になにやらたくさんの人影もあった。
「ジュダでーす!」
「チョーギーでーす!」
「ナベシマテツヲでございます!」
『だれやねん!』
「あははははー。おかしーっ! 素敵過ぎる〜!」
オーバーに笑い転げるツララ相手に息の合ったトリオ漫才しているのはどう見てもゾンビだった。ハリセン、チャンバラ、ゴムパッチン。次から次へと文字通り『身を削る』過激なギャグを連発している。ちなみにグループ名はゾンビ三兄弟。わけわからん。
ルルは唖然とした。
いや、無理もない。こんな常軌を逸したものをいきなりこうもあっけらかんと見せ付けられても困ってしまうってものである。
ホールには他にも、本当は動けるんだけどひどい腰痛のために寝たきりになっている『動けない石像』とか『コサックダンスを踊る騎士鎧』とか世間話が大好きで近所のおばちゃんみたいな性格をしている『しゃべる肖像画』とか『黒猫踏んじゃった』しかレパートリーがない『勝手に鳴るピアノ』とか、七不思議というよりは馬鹿げた都市伝説に出てきそうな、およそ怖くない連中がひしめき合っていた。
「どうなってるの、これ?」
「えー? どうなってるのかなんてわかんないけどー、楽しいからいいんじゃない? ねぇ、ルルちゃん次あれ見てみよーよ。掃除道具の音楽隊」
もちろんコリーが言っているのはバケツをドラム代わりに使っているとか、そういう次元のものではなく、バケツがドラムをたたいていた。つまり、そういうご近所ではあまり見かけないたぐいの掃除道具たちがバンドを組んでいるのだった。
「本当にどうなってるの。これ……」
と、ルルが疑問符を頭上に浮かべた時、
「ご説明しましょう!」
と、話しかけてきたのは妙に青白いけれどこの館の住人たちの中では比較的まともに見える青年だった。
彼はデミトリと名乗った。
いつなんだかわからないほど昔に起きたエルファーム沿岸の大寒波。その際に彼は湖に落ちて凍死してしまい、彼の体は引き上げられることもなく氷の中に閉じ込められたまま彷徨うことになった。数年前にこの島に漂着し解凍。自分が死んだ瞬間を認知できなかった彼はその他の要因も重なってアンデッド化し……かくして大変保存状態の良いゾンビが意図せずして生まれてきてしまったのである、という身の上らしかった。
「でも、いくら保存状態が良いって言っても賞味期限はとっくに切れてるわけよね〜」
「……賞味期限て……コリーさん」
彼が言うには自分がこの島に流れ着いたのは偶然じゃないらしい。どうやら最初にこの島に住み着き始めたヴァンパイアのダリルの持つ不思議な力がアンデッドたちを引き寄せてしまうらしいのだ。しかも特殊なやつらばかり。
おかげで、いつしかこの島はアンデッド特有の負のオーラ漂う不気味なようで、外した島になったのである。
「本当なら怖がるところなんだけど……」
「これで怖がれっていう方が無理な相談よ」
ルルのつぶやきにコリーが肩をすくめて相槌を打つ。ゾンビ青年デミトリは腕を組んで言った。
「やっぱダメですかねー。一応努力しているつもりなんですけど、みんなどうにも地が出ちゃって。たまにお客さんが来たときも呆れてさっさと帰っちゃうんですよー」
「別にできないなら驚かさなくていいんじゃない?」
さんざん笑い転げたツララが渡されたコップの水を飲みながら提案した。酷使した腹筋を休ませながら、目の端にたまった涙を拭い取った。どうやらツボに入っていたようだ。
「でも、一応ぼくたちおばけだし。おばけは世に恐怖と不安を蔓延させるため日々精進しないと……」
「んなわけないでしょ」
「じゃ、やめます」
コリーのきっぱりとした一言にデミトリはあっさり決断した。
「ところで、デミトリさん。ルルたちのお友だちが後二人、離ればなれになっているんですけど、どこか行き着くところとか思い付くところがあったら教えてくれませんか?」
「はぁ、そうですね。この館以外だとあとはこの奥の……」
「ここにおるよ」
声の方向、部屋の片隅、テーブルクロスのかけられた高級そうなテーブルと椅子。そこで優雅に紅茶でティータイムを過ごす灰色髪の壮年の男性。
いつからそこにいたのか、ルルもツララも誰も気付かなかった。
こんなに堂々と落ち着いて、この館の主人であることを泰然とアピールしているというのに、一瞬前まで確かに気配は感じられなかったはずなのだ。
(……この人。ただ者じゃない……)
ツララは密かに緊張した。
「はぐれた友人というのは彼らのことだろう?」
「ジオさん!」
「シュリーさん」
壮年の男の横には気絶したまま椅子からずり落ちかけているジオと、仮面を被ったシュリーがそれぞれ隣席していた。
途端に失神したアイリーンは親切な包帯男さんに任せ、ルルはシュリーに歩み寄った。
「無事だったんだね。いつの間にかはぐれちゃったから心配したよ」
「そう。心配かけてすいません。この方に送っていただいたんです」
男は紳士然とした微笑を浮かべて、
「なに、困っているところを助けるのは人として当然の行為。そして、アンデッドにしても当然の行為だよ」
「ダリルさん。お帰りなさい」
「ああ、ただいま。デミトリ君。にぎやかだね、客人を招いてパーティかね」
「はい。ダリルさんもいかがですか?」
「おお、いいのかね。ふふふ、私の一発芸はすごいぞぉ。思わず即死、迷わず昇天間違いなし。しかも今ならサービス無料。ポイント還元……おお、お嬢さんなにか言いたそうだね」
「え、えぇ、まぁ……」
ジト目で見ていたツララの視線に気付き、ダリルはポンと手を打つと、
「ふむ、私としたことが、ご挨拶を忘れるとは。先ほど衝動的に自己紹介をしてしまったからな……。私の名はダリル・フォスターだ。職業はヴァンパイアをしている。気安く……気軽に声をかけてくれたまえ」
「さて。気にするところもなくなったところで、では、パーティを続けるとしましょう」
デミトリの一言を合図にホールは再び喧騒に包まれた。沸き立つ亡霊たちの歓声に、若干名いる「そんな場合じゃねぇ」と思っている人たちの意見は埋没し、夜中まで騒ぎ声が絶えることはなかった。