第65節 霧の中で、惑いて
ハルピュイア。
大陸北西部に位置するオルゴン山脈に住む半人半鳥の一族。
総人口四〇〇弱の中に男性は皆無。ハルピュイアの一族にはなぜか男子は産まれない。太古の神の呪いなどと原因は未だ不明。とにかく、同種族に男性が産まれないのだから年頃になった各部族の娘たちは他種族から婿をとる。そして、部族を守ってもらう為婿とはずーっと一緒に暮らすのだ。
そうする理由に、彼女たちのもう一つの宿命がある。
ハルピュイアの娘たちは短命である。平均して二〇年と少ししか生きることができない。
妊娠、出産する毎に多大な生命力を浪費することがその要因とされる。子を宿すそのたびに寿命を削っていくのである。
逆に言えば子供を生まなきゃ、ちったあ長生きできるわけではあるが、そういった者は長老種と呼ばれ、長老種の族長連に認められた者でなければならない。
部族を衰退させるわけにはいかないからだ。優秀な者だけが生き延び、別の役割を担う。
多種族からの婿も条件に適合するものが選ばれる。ジオやルルも彼女らの意思のみならず条件を満たしたから選出されたのだ。
従ってその人物が条件を満たせなくなれば、当然婿とは認められない。
即ち、部族と共に生きることのできない者は決して迎えられることはないのだ。
アイリーンは自分たちの背負った宿命をルルに伝えた。
「……知って、いらっしゃたんですか?」
「うん。知ってた」
さして、驚く様子を見せないルルにアイリーンはことを悟った。
ルルの顔に浮かぶのは寂しげな苦笑い。
学士院内でも優等生の部類に入るルルはハルピュイアのことについて、とうに調べはついていた。そして、その内容を理解することもルルには難しいことではなかった。しかし、
「……では、答えてほしいです……。あたしたちは、ルルさんたちよりも、きっと、ずっと、早く死んでしまいます。それでも……シュリーちゃんのこといつまでも好きでいてくれますか……? あたしたちの部族を、守っていてくださいますか……?」
・はい
・いいえ
→・答えない
ルルは答えることができなかった。こんな今後の人生を決めるような決断を、年若い彼らに求めるのは酷と言うものだろう。昼食なにを食べるべきか、という決断とは次元が違うのだ。部族と生きるということは、今までの生活を、家族を、友人を、全て捨てろということである。いや、それは言い過ぎかもしれないが、それに近いことは確かである。気軽に答えられようはずもない。
しかし、それを大好きな人に突きつけねばならない彼女らもまた、辛いことに代わりはないのだった。
「……シュリーちゃんはあなたのことが好きです……」
アイリーンは、ともすれば慣れない相手と話すことでクラクラと失神してしまいそうになるところを、親友を想って必死に意識をつなぎとめた。
後数週間。彼女らの滞在期間は残り少ない。それまでに連れ帰る婿を決めねば彼女らの処遇は 長老連によって決められてしまう。個人の意思よりも部族の存続が優先されるからである。
「……あなたは……シュリーちゃんの気持ちに答えてあげることができますか……?」
アイリーンは心の中で「ゴメンナサイ」ばかりをずっと繰り返していた。こんなことを言わなければならないことの申し訳なさでいっぱいだった。
でも、言わなければならない。共に育ってきた無二の親友のために、言わなければならない。
彼女を動かすもの。それは勇気でなく、使命感でなく、友情であった。
「……身勝手なお願いだって事はわかっているつもりです……でも、どうか、お願いします……。……イエスと、答えてください……」
祈るような気持ちで、アイリーンは瞳を閉じた。
ルルは黙っていた。色々な想い、言葉、感情を深くかみ締めているようだった。おそらく、ルルの頭の中に葛藤がある。打算や利害などではなく、純粋な葛藤が。
それは緩やかに渦巻き、ルルを悩ます。
やがて、ルルは答えた。
「わからないよ」
遠くから聞こえてくるようなつぶやき。それはルルの本心だったと思う。今のルルには自分にとってなにが大事なのかさえはっきりとわからない。ルルはまだ、幼すぎたのだ。
「ルルはまだ、どう答えたらいいか、わからないよ……」