第62節 霧の中で、瞳見すえて
「ジオさんどこですか〜? 返事してくださ〜い」
「……出てきてくださ〜い。おやつの時間です〜」
控えめな呼び声が寂しく木霊する。もうどれくらい繰り返したかわからない実のならない行動。
だが、二人は健気にもいつか呼応が帰ってくることを信じて呼び続けていた。
「いませんね。ジオさん……」
「はい……」
「いつの間にかツララさんたちともはぐれちゃったみたいだし、困ったなぁ」
ますます濃密となった霧の中で、ルルとアイリーンは途方に暮れていた。
どれだけ一生懸命に捜そうとジオは一向に見つからず、更には他のみんなともはぐれてしまった。濃霧のおかげで今どんな所にいるのかもわからない。術でなんとかできればいいのだが、ルルは今の状況に有効な情報伝達系の術法も瞬間転移の術法も知らなかった。
まさに、八方塞である。
「たくさん歩きました。ちょっとだけ休んでからもう一度捜しに行きましょう」
少しゴツゴツしているが座るのに手ごろな岩がある。ルルはアイリーンを見つけたばかりのその岩に誘った。
ただでさえ覇気のないアイリーンが、それはもう見ている方が切なくなってくるほど懸命にジオの名を呼んでいたからである。足取りもフラフラと頼りないのに、たまらなくなったルルはどうしてもジオを捜すとごねるアイリーンをやや強引に座らせた。いわく、
「ちょっとは休まないと、アイリーンさんが倒れちゃうよ?」
「……いいんです。あたしは倒れたって。そんなことより、あたしは早くジオさんの傍に行きたいんです」
「でも……」
と、ここでアイリーンは演技でなくよろめき、
「ほら、やっぱり。休まなきゃダメだよ。怪我しちゃうかもしれないし。自分がどうなったっていいなんて言っちゃいけないよ。ちゃんと休むときは休む。ね?」
以前よりはほんの少しだけ力強く。だけどやっぱりルルは優しい。
「ねぇ、アイリーンさん」
岩の上で並んで休むことしばし。虫の身じろぎする音さえしない清閑とした中ルルが話しかけた。
「……なんですか?」
「聞きたいことがあるんですけど」
ルルは自身でどれだけ意識しているのか知らないが、実にさらりと自然に質問した。
「なんでそんなにジオさんのこと気に掛けているんですか?」
無論ルルには深い意図はない。ただ、知り合ったばかりの頃はなにかと自分も心配したものであったが、色々な所で人間離れしたところのあるジオという男を、どうして心配するのか。つまり、あのとんでもない男は心配なんてすることなんてないんじゃないかということである。
だが、アイリーンはそうはとらなかったようで、うつむいて、
「……そ、それは……」
「それは?」
「……それは……ジオさんが……ジオさんのことが大好き……だからです」
尻すぼみに言い切ったアイリーンの顔はレッドロブスターよりもまっかっかになっていた。気絶しないのが不思議なくらいだ。
理由を挙げれば、優しくしてくれるところ、ひたむきなところ。暴走するくらいの物事に対する一途さ。溢れ出す快活なエネルギーに、心に、アイリーンは惹かれていた……のであったが、それは口に出すことはできなかった。だってシャイだし。もう限界。
「……ルルさんはどうなんですか……?」
「え?」
代わりにアイリーンが問い返した。顔色は相変わらずの赤一色。しかし、震える声を抑えて彼女は続けた。彼女を動かすものは勇気ではなかった。
「……ルルさんはシュリーちゃんのこと、どう思っていますか?」
霧の音。ルルの瞳。
「……ルルさんは……シュリーちゃんのこと、好きですか?」