第60節 突然の推理劇
呼吸荒くルルたちがそこに辿り着いた時。
そこには円い瞳を大きく見開き打ち震えるツララがいて、離れたところに呆然とたたずむジオがいて、そしてジオのすぐ傍に血を流し倒れている男の体があった。
震えるツララの白い指先の示す先、ぴくりとも動かないその男の髪は白。ツララと同じ髪の色。
フブキだった。
フブキが頭から血を濁流のように垂れ流し、物言わぬ身へと成り果てていた。
「ジオ……、さん……?」
いつの間にか気づいたアイリーンが信じられない、といった表情でつぶやく。あるいは、一つの禁断の箱を覗いてしまったかのようにおののいて。
「まさか……そんな……はふぅ」
「いくら酷い目に合わされたことがあるからって、なにもこんな……」
集まる白い視線。非難の目。それにジオは我に返り、
「な、なんだその目はっ!? オ、オレがやったんじゃあないぞっ!? 本当だぞっ!」
「……じゃあ、おじさんが握っているのはなんなのよ」
コリーの指摘に視線が動く。フブキは右手になにかを持っているようだった。
それは赤くて、中身は白い紙製で、手帳のように見え、もののずばりジオのポエム帳であった。
さすがに、それをいきなりポエム帳だと見破るものはいなかったが。
「『じおらいと』って名前書いてあるじゃない。被害者が示したダイイングメッセージ。あなたが犯人だってなによりの証拠よ!」
びしっ!
と指を突き立てるコリー。場は騒然となる。
「いや、だから、それは。違うんだぁぁぁ! この前なくしたんだよ! それ! 本当なんだぁぁ!」
「もっと、上手い嘘はつけないのかしらん? バレバレよ、それじゃ。それが自分の物だって認めるのね?」
「いやっ、だから違くて! オレじゃない、オレじゃなぁぁぁぁぁい!」
「あ、逃げた……」
「ふっ、ごまかしきれないで逃げたか。犯人は逃走。これで事件は解決だわ」
全然解決していない気もするが、とにかくコリーは自慢げに、ない胸を反らした。
「父さん……」
しゃがみこんでしまったツララにルルはかける言葉を見つけられずにいた。ルルに父親はいない。随分前、物心ついたかつかないかの頃に出て行ってしまったきりだ。だから、父親のいない悲しみはよくわかるのだが、知人の手によって突然奪われてしまったショックというのは想像に難かった。
ツララの負った傷に無遠慮に触れてしまいそうで話しかけることはできなかった。
「時に、みなさん。ちょっとこちらへいらして下さい」
今まで黙々となにかをしていたシュリーに呼ばれ、のそのそびくびく動ける全員が集まる。ツララは顔を伏せていた。
「この音。なんの音だと思います?」
ずごごごごごご。ずごごごごごご。シュー、スピー。
地の底から響くような耳に障る不快音。押し込められた空気が小さな隙間から漏れ出すような高音。発生源はフブキの鼻の奥。
イビキ。
「寝てるだけかいっ!」
ツララの拳がフブキの頭を地面にめり込ませた。
「ったく。紛らわしい寝方して。殺したって死なないんだからっ!」
ルルは気付いた。そういうツララの目端になにかキラリと光るものがあったのを。
でも、それは内緒にしといてあげよう。それがエチケットというものだ、とルルが思ったのかはわからない。だが、ルルが口にすることはなかった。
「しっかし、殺されかけてこうグースカ寝るなんてよっぽどのんきね。図太いってゆうか……」
「あ、う〜ん、それは違うかもしれないよ?」
いつの間にか目を醒ましていたアイリーンが、はっとルルを見た。この他人に押し切られてしまいそうな美少年が、いつになく頼もしげに見えた。
「……どういうこと? ルルちゃん」
いぶかしむコリー。ルルは朗々と説明しだした。
「このツララさんのお父さんが持っている手帳を良く見て。確かにジオさんの名前が書いてあるしジオさんも自分のだって認めていたみたいだけど、重要なのはそこじゃないんだ。ほら、見て。なにか気付かない?」
「なにかって、なに?」
「え〜と、え〜と……丸文字?」
「ふむ、字が滲んでいるね」
「そう。シュリーさん当たり」
ルルは手帳を手にとって言った。
「表の革はウィンカー革だからあまり滲んでいるの目立たないんだけど、この手帳の中身は、ほら。読みたくても読めないくらいとても滲んでいるんだ」
ルルの言うとおり、ポエム帳の中身はぐちゃぐちゃに滲んでいて読めたもんじゃない。
ジオにとっては幸運と言うしかない。ジオのファンシーポエマーな秘密はかくして守られたのだ。
「……それで、なんでジオさんが犯人じゃないってことになるわけなの?」
「それはこの手帳が濡れているからだよ」
かく、このようにルルは自らの推論を述べて言った。それは筋道たてた理に適うものだったが、ここでは割愛する。知りたければ本人に聞いて欲しい。
決して面倒だからとかいう理由ではない。信じて欲しい。
ただ……だって、空がこんなに青いんだもの。
「なるほどね〜」
頭脳労働が好きではないツララは腕を組んでいちいち納得した。
「つまり、うちの父親は後頭部を鈍器で殴られ殺されたかのように見えて、その実、転んで頭打っただけっていう超古典的でひねりのないオチだったというわけね」
「そんな身も蓋もない……」
「とにかく、容疑も晴れたことだし、そろそろ進みましょう。ジオくん探さなきゃ」
「そうです。早く行きましょう。ジオさん……大丈夫でしょうか? 心配です……」
ジオのことを心から心配するアイリーンであったが、他のメンバーはそんな気持ちは欠片も持ち合わせてはいなかった。
ジオもフブキ同様殺しても死なない人種だってちゃあんとわかっていたからである。目を離すとなにをしでかすかわからない、という不安ならば理解し得るが、どうしてそんなに深くアイリーンがジオのことを気にするのか。
(ジオさんはあんなに強い人なのに……)
ルルには、アイリーンのそれが過度のものであると思えてならない。