第59節 悲鳴狂想曲
ジメジメ、ジトジト。
ジメジメ、ジトジト。
無駄に湿度が高く薄ら寒い山道。落ち葉も朽ちた林から吹く冷たい木枯らしが歩む者たちの心をしぼませる。
あれから。ジオが落ち着くのとアイリーンが目を醒ますのを待って一行は付近を探索することにした。それまでの間に船の行方を調べもしたが、潮の流れもなく、いかりも落としていた のに、まったく不可解な現象であって、
「それにしても、船は本当にどこに行っちゃたんでしょう?」
というルルの問いに、
「神隠しだぁーっ! テング様だぁー! キツネの嫁入りなんだぁー!?」
と恐慌気味に超がつく怖がりさんが叫びだすのも無理からぬことであった。
「神隠し……はまだわかるけどテングとか嫁入りってなんのこと?」
「東方の伝説です。かいつまんで言えば、誰か常識を超越した存在によって原因不明の失踪状態にされてしまうことです」
ツララの妙に間延びした疑問に普段と変わらず冷静なシュリーが説明した。
「ねぇ、ルルちゃ〜ん。あたし怖い〜♪」
「コリーさん。ちょっと苦しいよぉ……」
嬉しそうにルルに引っ付くコリー。シュリーの無言の圧力にも構わず、いやむしろ見せ付けるようなはしゃぎぶりだ。仮面の下のしかめっつらが容易に想像できる。
「失礼ですが、ルルちゃんが嫌がっているのではないでしょうか?」
「はぁ? 嫌がってるぅ? そんなことないよわよねぇ、ルルちゃん?」
「あ、うん、その……」
「適当なこと言わないで下さる? ハイディさん」
「はて、適当なことを言っているのは果たして誰だろうかな?」
対峙する二人の間に火花が踊る。挟まれた形のルルはとっても迷惑だろうと思うが、どうやらひねた性格でないルルは、原因が自分に起因していることをいまいち理解せずに、二人の仲の悪さに本当に戸惑い心を痛めているらしかった。
うむ、良い子だ。苦労性だな。素質がある。
「……どーでもいいけど、私らって本当騒がしいねー……ん。あれ?」
ツララの足が止まった。道先に奇妙なものを見たからだった。
不気味なくらいヌラヌラと照り輝く小麦色の肌。盛り上がりすぎて作り物じみた筋肉。見たくもないのに目に付くヒモパンツ。陽光照り返すハゲ頭の男が行く手を阻むように道のまんなかに横たわっていた。
湖の番兵ドラド。変態と戦士を兼業する強者である彼が何故こんなところでぶっ倒れているのか。誰かが戦慄の声を漏らした。
「……邪魔だね」
その言葉はゆがんではいるが率直な本音に違いなかった。
「ひぎゃぁぁっぁぁぁぁっ!!」
数テンポはずしてジオの絶叫が響き渡った。
「ジオさん!?」
恐慌状態に陥って走り出したジオの姿は、あっという間に濃霧の中に消え失せる。ジオの足はべらぼうに速い。悲鳴は後を引きつつ遠ざかり、辺りは静けさに沈んだ。
「ジオさん……待って……ふぅ」
「ちっ、こんな時に! ルルちゃん、その娘頼んだよ。みんなは後から来て。私先に行って捕まえてくるから!」
ツララの背中を見送り、アイリーンを支えてゆっくりと歩き出す。
「ったく。面倒ばっかりかけさせるんだから、ジオさんてば」
コリーの辛辣ともいえる愚痴に、ルルは苦笑するしかなかった。しかし、ルルはもうそういう人たちに免疫ができているというか、あまり悪いようには思わなかった。
やがて、
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
女の、絹を引き裂くような悲鳴が上がり、カラスたちが一斉に飛び立った。