第55節 待ち合わせ間の寸劇
晴れ渡った青空。わずかに漂う白い雲。
そして、見渡す限りの大海原。
まこと気分爽快な眺めであるが、しかし、ここは海岸ではない。湖岸である。
エルファーム王国に隣接する大いなる湖マザーブルーは対岸が水平線の向こうに隠れてしまうほどの大きさを誇っているのであった。
ジオは船着場で船を桟橋に結びつけるロープを巻く出っ張りに足をかけ、船乗りよろしくといったポーズをとって遠い景色に魅入っていた。
「ふ……、また旅か。この町もオレの故郷にゃなっちゃくれねえらしい」
「まって」
はかなげな雰囲気の少女が背後に立った。アイリーンだ。走ってきたのか息を切らせて切なげに声を上げる。
「どうしてもいってしまうの? ボストフ」
ジオは自嘲気味に口の端を上げ、
「ああ……、ペリエンヌ。オレは根っからの渡り鳥。旅から旅へが宿命なのさ」
「いかないで、ボストフ。あたし、わかったの。あたしの本当の気持ち。あたし、あたし、あなたのことが……」
「言うなペリエンヌ。言っちゃいけねぇ。言えば別れがつらくなる。渡り鳥にゃ女房はいらねえ。この風だけが恋人さ。風とともにどこまでも行くのさ……」
「ああ、ボストフ」
「あばよ……ペリエンヌ」
「……あれ、なに……?」
ツララはなんだか二人で世界をつくっているジオとアイリーンを指差してげんなりしながら尋ねた。
「『渡り鳥ボストフ』ですよ」
ルルが苦笑交じりに答えた。
「このあいだ二人で劇場に行ってきたそうなんです。二人とも感激しちゃって、学士院でもずっとあの調子なんですよ〜」
「へぇ、あの噂になってたやつ。そんなに面白かったんだ。私も見たかったかな〜」
「ツララさんは見に行かなかったのですか?」
仮面女シュリーが平坦な声音で言った。今朝方アイリーンを含めた三人は初対面の自己紹介を済ませていた。
「うん。アローンくんも用事があったみたいだし、行かなかったんだ」
(ラヴィアン女王はアリーナ席が用意されていたしね)と心中のつぶやき。
「アローンさんというのはご友人ですか?」
「あ、うん。そうだよ。シュリーちゃんは? ルルちゃんたちとは同じクラスの友だちなの?」
その問いにシュリーはちらりとルルの顔をうかがい、普段通りのルルの表情に落胆し、
「……はい。今はまだ。クラスは分かれていますが『友だち』です」
仮面の下の微妙なニュアンスにツララもルルも少しも気付かず、そのうち三人の注意は突如として上がった、
ボシャ〜〜〜ン。
という音にひかれた。
見れば、水中に落ちたジオとそれを見てオロオロしているアイリーン。
「な、なんなの……?」
「なにもそこまでやらなくても……」
「第五章最終幕おいすがるペリエンヌがボストフを海に突き落とすシーン」
たんたんと解説するシュリーの声が焦燥に駆られていたことに誰が気付いただろう。
少なくとも、落ちた拍子に水を飲み、バシャバシャと水面を叩いているジオは気付きようもなかったし、さりげに失神しているアイリーンにもできなかったし、遅刻して今頃になってやってきたコリーにも不可能であった。