第53節 ジオの動機
「あ、ジオくん!」
と、元気な声が上がったのは花の祝日も間近に迫ったある日の午後だった。
エルファーム中央部に位置する大きな広場。
ある人物に会うため学士院の校舎へと向かっていたジオの足がピタリと止まった。
「な、なんでございましょうか? ツララさん!」
ジオは直立不動、手を額にあて敬礼のポーズをとった。というのも、ツララが実はジオがその外見行動に似合わずポエム大好き人間、決してポエットではなくあえてポエマーであること、を知って以来ジオはその秘密をいつ誰に言いふらされるかと戦々恐々としているのだ。
(オレがポエマーだってみんなにばれたら……オレは……オレはっ! グワォォォォ)
ジオは秘密が漏洩するのを極度に恐れているために、ツララはすっかり忘れて気にしていないというのに、ツララに逆らうということができずにいたのだった。
「ツララ『さん』だって。もっと気軽に呼んでくれていいのに」
「いえいえ、滅相もございません。そんな、言えるわけないじゃないですか、ハハハのハ。……ところで、オレなんかになにかご用でも?」
ツララはジオのあんまりな慇懃さに口をへの字に曲げたが、用件を思い出して朗らかに言った。
「用といえば。そうそう、ねぇ、ジオくん。今度の休みにさ。ちょっとマザーブルーにクルージングにでない?」
「クルージング? 急になんでまた?」
「うん、ちょっと、ね。確かめなきゃいけないことがあるんだ。予定とかあるんなら無理にとは言わないけど……」
この時、ジオの思考は次のように動いた。だいたい一二五びーぴーえすくらいで。
(さてはっ、断わりでもしたらオレの秘密をつぶさに、不特定多数の人間に聞かせる気だなっ!? つまり、バラす気だなっ!? くっ、この女、なんて卑劣な! こんなゆすりを受けたらオレに選択権などないではないかぁ!)
「ぜひ行かせてもらいます。ご命令とあらば、たとえ火の中水の中。地獄だろうが、どんとこいでさ!」
「そんな危険なことするつもりはないんだけど、ありがとう。じゃあ、休みの日に家まで迎えに行くから。あ、そうだ。誰か一緒に行きたい人がいたら連れてきてもいいよ。定員にはまだ余裕があるからさ」
それじゃね、と別れを告げてツララは去り、残されたジオはしばらくそこにつっ立ったままだった。
ジオは感じていた。これから強大な困難が自分を待ち受けているだろうということを。そして、それに立ち向かわねばならないことを。
そしてまた、こうも思っていた。
(海かぁ。アイちゃん誘ってみようかな。楽しくなるといいなぁ)
それとはなしに、にへらと笑うジオは、しかし気付いていなかった。
近くの建物の陰から自分を見つめる鋭い視線の存在に。