第4節 子は親に追われる
花の国エルファーム。
北に落陽山を擁し、南はマザーブルーという大陸一巨大な淡水湖を臨む。
外領三つと王都で構成され、国と同名の王都は周囲をぐるりと外壁に囲まれている。湖を仲介した船舶貿易によって栄え、物資とともに運び込まれた文化はのびのびとした気風とあいまって独自の隆盛をしている。国を愛する者たちによって長年にわたって築かれた外壁は、上空から見れば大地に咲く大輪のバラに見える。
民の活気をエネルギーに咲く花。
金牛の月、今のような冬の終わりであれ、その明るさは少しも陰らない。
エルファームはそんな国だ。
国を十字に区切る、クリーム色とところどころ薄茶の混じった石畳の道。
整然と建築物の並ぶ通りをツララは王宮に向かって歩いていく。午後の稽古のためだ。
鞘の先にあわせて後ろに結んだ白い髪が揺れる。
大通りには通行人がたくさんいる。世間話に興じる奥様方。なにか叫びながら走り回る子供ら。魚屋のお兄さんは上半身裸で居眠りをしている。寒くはないのか。
平和な光景。誰も振り返ったりしない、明らかに不自然な雪色の髪なのに。
エルファームにはエルフや有角人種といった異種族も他国に比べれば余程多く住んでいて、国を治める王家は元をたどれば異種族の混血であるという伝説が残っている背景もあって、だから、人間にはありえない容姿も受け入れられるという特殊な風潮がある。
ツララはこの街で生まれ育った。迫害も差別もされずに、彼女のアイデンティティーは堅固な外壁に守られてきた。移り住んできた旅人は、この国は天国のようだと口をそろえる。そうなのか、と外を知らないツララは思う。
普通とは違う自分を自然に受け入れてくれるこの現状に不満はない。
けれど、この国にいる以上……。
「だーはっはっはぁぁぁーっ!」
一生あいつに付きまとわれるんじゃないかという危惧に至り、ツララは歯噛みして足を止めた。
「……まったく、もぅ。あのおバカはぁ……」
背後から、聞き覚えがあるどころではない、耳に障る笑い声。石畳を踏み砕かんばかりの騒がしい足音。他もろもろの騒音。馬のいななき。ふつふつと湧きあがる怒りに任せてツララは振り返った。
「街中でわめきながら大騒ぎするんじゃないって、何度も言って……るでしょーがぁ!?」
ツララの予想は当たった。背後から、思ったとおりの人物が、わめいて騒動を撒き散らしながら爆走してきた。生来、ツララにとっての目の上のたんこぶ。常に彼女を悩ませ続ける胃痛の種。
しかし、予想に反して、背後からやってきたのはそいつだけではなかった。
中年男性一人と少年一人が並走。後ろに、馬一頭と馬鹿でかい大包丁持った魚屋。
すさまじい勢いでツララに迫る。
「ぎゃーす!? な、なんなのこれーっ! ちょっと、説明してよ」
「おお、ツララじゃないか。なかなかにスリルある展開だろう」
「楽しめるわけがないでしょーっ!?」
全速力で逃げながらツララは横を走る中年に怒鳴る。中年は大笑いして、子供のようにはしゃいでいる。アーケードの光景が川のように流れていく。
すぐ背後には、大包丁持ってなにごとかわめいている魚屋兄さんと暴れ馬。
「どういうことなのか、説明してよー、父さん!」
悲痛な叫びは騒音にかき消された。