表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LuruGeo  作者: 池田コント
49/99

第48節 和解のラスト・ルーム

 暗い部屋だった。

 入った瞬間にヒヤリとした日の当たらない所に押し込められた空気が内側から流れ、微風のようにルルの頬を撫でていった。

 ルルが恐る恐る数歩立ち入り、辺りを見回した。ルルの不安げな表情も闇に霞まされてしまっている。ルルはあの部屋を後にすると、一人で進んできた。罠も割とたくさんあったが、慎重に行動すればいくらでも対処の余地があった。多少の運もルルに味方した。

 ルルの勘では、ここはかなり最深部にあると思う。腐っても魔法空間だから、正面の右に左があるとも限らないが、なんとなく通路に漂う空気の質が違うように感じたのだ。

 もう、後一息。ここが正念場だ。ゲロンゲロス・ワイルダー老、略してゲロゲロじいちゃんの言ったことが本当なら最後にこの迷宮の出口を守るボスがいるはずなのだ。

 ポッ。

 部屋に備え付けられた魔法の灯火が点灯した。扉が厳めしい音をたてて閉じた。ルルは恐怖した。

「……ようこそ。来訪者よ。迷宮の中は楽しめてもらえたかな? ここがラストルームだ」

 低く重い響きの声が部屋のどこからか聞こえた。壁に反響して声の主の場所が特定できない。

「見事吾輩を倒してみせろ。さすれば貴君を外に返してしんぜよう……もし、それが適わぬなら、貴君には悪いがここで朽ち果てるのみ! さぁ、こい。来訪者よ! 全力でもって吾輩に向かってくるのだ!」

 威圧感がピリピリ神経を刺激する。覆いかかるような重圧感に、ルルは息を飲んだ。怖い。

 今のルルには彼を守ってくれるような人間もいない。母もいない。姉もいない。ジオもコリーもシュリーも。誰もいない。独りだ。誰にも頼れない状況なのだ。心細さに屈してしまいそうな自分がいた。

 けれど、と思い直す。さっき見た先人たちの足跡。彼らはみなこの恐怖に立ち向かっていったのだろう。外へと戻るために、勇気を振り絞って、正体のわからない強大な闇に相対したのだ。

 映像の中には、年端もいかない少女の姿も残っていた。そして、心の中の父の姿も。

(ルルは男の子なんだ。男の子はおどおどして逃げたりしちゃいけないんだ)

 外見は女性になってしまったものの、ルルは諦めない。なによりもそういった気持ちが自分に欠けていたのだとルルは唐突に理解した。

(ルルは負けないよ。お父さん。ルルはお父さんみたいな立派な男の子になるんだ)

 心の中の父が照れくさそうにマッスルポージングして微笑んだ。

 ルルは逃げなかった。闇を注視し、敵を待ち構えた。部屋の奥からひたひたと、近づいてくるものがあった。

 大根だった。足の生えた。口らしき切れ目が真横に走っている。

「吾輩の名は『大根役者ダイコン』! この迷宮を守る最高の存在にして大ボス。さぁさ、臆したか。どこからでもかかって来るがいい!」

 おまけにその大根は小さかった。大きくなったルルの腰辺りまでしかなかった。元の姿のルルや背の小さいジオの方がなんぼも大きい。

 拍子抜けした。ルルの緊迫していた顔は明らかに安らいだ笑顔に変わっていった。

「ねぇ、ダイコンさん?」

 ルルはダイコンと同じ目線の高さになるようかがんでダイコンの目の辺りを見つめた。この大根、目がないから大体この辺と当たりをつけたわけだが、そんなに間違っているわけでもなかった。ダイコンは後ずさりした。

「な、吾輩になにか質問でもあるのか?」

「うん。質問っていうか。提案なんだけど」

「むむっ。色仕かけには屈しないぞ。吾輩は硬派で通っているからな! 女性にだって甘くはしないのだ。どうだ恐れ入ったか」

「そんなんじゃないよぉ。ルルは男の子だから勇敢にならないといけないし……でもさ、あまりダイコンさんとは闘いたくないってそう思ったんだ。あ、う〜ん。ちょっと違うかな」

 ルルは小首を傾げて少し考える姿勢をとって、

「ルルはね〜、あんまりケンカとか、好きじゃないんだ〜。勇敢にはなりたいんだけど。みんなとは仲良くしたいと思ってる。だってさ、仲良くした方が一緒に遊んだり、一緒に笑ったり嬉しかったり楽しかったりするでしょ? そっちの方がケンカするよりずっと良いと思うんだ」

「…………」

「だからさ。ダイコンさんもルルと仲良くしよ? 一緒に遊んだり、笑ったりしよ?」

「…………」

 ダイコンはしばらく無言だったが、大根のくせに赤カブみたいに真っ赤に染まった顔を隠すようにルルに背を向けると、ぽつりと言った。

「吾輩はこの迷宮の守り手なのだ。久遠の刻を迷宮の管理に費やすがこの身の定め。与えられた責務を果たさねばならん。吾輩はそう造られたのだ」

 ルルの表情がかげる。

「……だが、吾輩の心は大きく揺さぶられてしまったようだ。これでは闘えぬ。この勝負吾輩の負けだ」

 ダイコンは神妙な物言いで告げると、軽くぴょんと跳んで足の裏を打ち合わせる。途端に白い煙がルルを覆い、傾国の美女は跡形もなく消え去って、代わりに目を見張るような美少年が立っていた。

「ありがとう」

 ルルはダイコンの頭……とおぼしきヘタを優しく撫でた。思えば、撫で撫でされることは多くてもするのは初めてかも知れない。

 ダイコンは撫でられるのを嫌がって、どすどすと行ってしまった。

「ふん。出口はそこの部屋の隅に隠されている。さっさと外に戻られるがよろしかろう」

「うん……でもまだ友だちが中に残っているかも知れないんだ。ダイコンさん知らない?」

「いや、吾輩はまだ会ってもいないが……」

 メギャメギャメキョ。

 いわく言い表し難い音が鳴り響いた。

「な、なんの音だ……!?」

 発生源を見ればそこには石造りの重厚な壁があったはずなのだが、代わりにあったのは大きく穿った裂け目であった。壁が壊されているどころではない。空間そのものが裂かれていた。

「な、な、な、なに事!?」

「あ! ジオさん! シュリーさんまで! どうしたんですか一体?」

 唖然とするダイコンをよそに、ルルは裂け目の間からひょっこり顔を覗かせた友人たちに駆け寄った。そう、裂け目からはルルと同じくこの迷宮に閉じ込められていたジオ、そもそも事情を知らないはずのシュリーの姿までもあったのだ。

「どうしたもこうもねぇ。ルルを助けに来てやったんじゃねえか」

「ルルちゃ〜ん。元気〜♪」

 無節操に抱きついてくる素顔のシュリーに戸惑いながらもルルはジオに感謝の言葉を言い、疑問を投げかけた。

「……でも、どうやってジオさんは外に出たんですか? 他に出口があったとかですか?」

「そんなはずはない!」

 断言したのはダイコンだった。

「この迷宮の出口は一つしかない。入り口から逆に出ることもできない。そう設定されているのだ。出られるはずがない!」

「でも、出来ちゃってたりしてぇ〜♪」

 ルルに腕を絡ませながらシュリーが脳天気に言う。きっ、とダイコンが睨んでも臆することなくにやにやしている。

「出れないもなにも、オレはこうしてここにいるじゃないかっ! オレの力におっさんの力を乗せて……まぁ、九対一の割合かな? 空間を破ったんだよ。はっはっは! 正義の力だぜ!」

 ジオとフブキは一度自力で空間を裂いて外へと脱出し、どうしてもついて来たがったシュリーを連れてルルを救出しに舞い戻ってきた、とまぁ、こういうことらしい。

 まったくとんでもない事である。空間なんて大層なもの、普通こんな素人連中が手を出してただで済むわけがない。

 だが、奇跡でもなんでも出来てしまったのだからしょうがない。すでにコリーは回収済みで、寮の自室でアイリーンが看病しているという。また、フブキは外に出るなり即行でどこかに行ってしまったそうだ。

「そんな、非常識な事があるか!? 自力で空間を破っただと!? そんなこと普通の人間にできるはずが……まさか、あいつの差し金か?」

「苦悩するのは別に良いが、もうオレは十分疲れている。だから、帰る! お前は悪党だが、五分の大根にも二分の魂。特別に許してやろうじゃあないかっ!」

「今日のジオさんはなんだか寛大ですね〜」

「たとえが完璧間違っているけどねーっ!」

「なにを許されるのかもさっぱりわからんが、もういい。さっさといけ! 吾輩はこれから迷宮を修理せねばならんのだ」

 不機嫌そうに踵を返したダイコンに、大きな声で別れの言葉を吐いてジオは空間の裂け目に飛び込んだ。シュリーもルルの腕を引いて後に続く。ルルは飛び込む前に振り返って笑いかけた。

「また来るね」

 ダイコンは振り向きもせずに、ただ葉っぱだけが揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ