第47節 マジカル・バナナ・パニック
猿がいた。
うきうきと愉快な猿がいた。
その正面にはジオがいた。ジオは猿から貰ったバナナを食べていた。
「しかしよ……」
ジオは隣でバナナの皮剥きに悪戦苦闘しているフブキに問いかけた。
「また、変なところに飛ばされちまったな」
「まぁ、そのようだな」
やっとこ皮剥きに成功したフブキがバナナをほおばりながら答えた。二人は今ジャングルにいた。
勿論、別にジャングルに来たくて来たわけではない。ミミックに食べられて気付いたらここで猿の歓迎を受けていたのだ。少々空腹だったこともあってバナナを馳走になっている。なんだか二人とも妙にこの場に馴染んでいた。
いつのまにか二人は仲直りしていた。嫌っている感情は変わっていないが、どうやら一回寝れば憎悪とかいった感情はどこかにいってしまうらしい。実にさっぱりとした性格である。単純、とは言ってはいけない。
「これからどうするよ?」
「そんなこと決まっとるだろう。頭の悪いやつだな。さっさと出口を見つけて帰る。そんなこともわからんのか?」
「頭が悪いのはてめえの方だろうが! 俺は、こんなところに飛ばされてどうやって脱出するかと聞いてんだよ!」
「うるさいやつだな! 人の食事中くらい黙ってろ!」
「さっさと食えよ! バナナくらい!」
とんとんとん、と猿があぐらをかいて座っているジオの膝を叩いた。なんだ、と見ると猿が木の板を持っていて、そこには「仲良くネ☆」と書いてあった。
「いや、無理!」
ジオは即答した。この頃アイリーンは卒倒していたのだが、この場面にそのことは関係ない。わかりにくいけど駄洒落だ。フブキはなんだかジオの態度が勘に触ったのでいちゃもんをつけた。
「なにが無理だ。なにが。人間やってみもしないで無理なんて言うんじゃねえ、バーロー!」
「正論だが、じゃあ、てめえは俺と仲良くなんてできんのかよ!」
「いや、無理!」
フブキは手を振って即答した。猿はへそを曲げたような顔をした。
尚のこと二人が不毛に言い争っていると、突然ジオの身体の内側から痺れるような感覚が腹から脳まで駆け抜けた。心臓に揺さぶりをかけられた心持ちがしてとても不快だ。だが、次の瞬間自分の口から出た言葉はさらにジオを不快にさせた。
「ったく、だからてめえは……素敵な男性だよ、フブキさん!」
(え、ちょっと待て。なに言ってんだー! オレー!?)
「のぅ!? ふ、ふざけんな! クソガキ、貴様という奴は……君こそ素敵さ、ジオライト君!」
(な、なんだー、なに言ってんだー。私は)
二人の頭の中は一瞬にしてパニックに陥った。心にもないうわっついたセリフを吐いてしまう。しかも、よりにもよって天敵のようなこの相手に。正常な状態でないのは明らかだった。
「フブキさん。貴方とは二人きりでじっくり話し合いたいと常々思っていたんだ。このささやかな願い聞き届けてくれるかい?」
(いや、そんなこと思った事もねーっ!?)
「いいとも、ジオライト君。いやさ、ジオ! 心いくまで話し合おうじゃないかっ!」
(なんで呼び捨てにしとるんだー、私はっ!?)
「ありがとう、フブキさん。貴方の事は、心から愛していますっ!」
(ぐわーっ! いやだーっ!)
「私もだよ。ジオ! さぁ、おいで……」
(どこに行くんだーっ!?)
二人はもう支離滅裂であった。これ以上なにかあったら自己防衛本能が働いて自らの人格を破壊してしまう怖れがあった。それほど二人には堪え難い出来事だったのだ。
二人にとって幸いだったのは、口は勝手なことぬかして自由にならないが、身体の所有権はあくまで自分にあったことだろう。つまり、二人が自主的に抱き合うもしくはそれ以上のことはなかった。
「ウキャキャキャキャッ♪」
嬉しそうに、ひたすら愉快そうに猿が踊っていた。猿は二人の視線が自分にあると気付くと二人に先程の木の札を見せた。そこには変わらず「仲良くネ☆」と書いてあった。
……あ、これはバナナのせいか。
ジオとフブキは無言で猿を殴り倒した。
「……で、どうする? おっさん。これから」
しばらく経ってバナナの効力が完全に無くなってから、ジオが言った。
「私は是が非でも帰らねばならない用を思い出した。今日はツララがフルーツサラダを作るのだ。バナナは入れるなと、忠告しなければならない」
「じゃあ、決まりだな!」
「ああ、気にくわんがお前の力を借りよう。強行突破だ!」
ここに史上最凶のコンビが結成した。
その瞬間を目撃したのはただ猿のみであったが。
「ここかな〜、お姉様〜♪ ……チッ、いないか……」
コリーは怖い目つきで舌打ちした。彼女を完全に見失ってもう大分経つ。迷宮のあまりの大きさに相当頭に来ているようだ。目がかなり正気でない。
先に急ごうとするコリーだったが、そこで魔法装置が起動した。球体の表面の波が収束する。あの装置だ。しばらく静観しているとやがて衝撃的な映像が映し出された。
コリーが探し求める絶世の美女が、膝をおった姿勢で瞳を潤ませながら哀願してきた。
『ねぇ、お願い! もう一度、もう一度だけでいいから見せて! ルルなんだってするから!』
この人智を超越した美貌に正面きって耐え切れるものなどそうはいない。
はぶぅ、とコリーは鼻血を噴いてノックアウトされた。