第45節 不毛なる争奪戦
ぜえはあ、ぜえはあ。
と膝立ちになって荒い息を吐く二人。ジオとフブキである。
勿論、荒い息を吐いていると言っても、悩ましげなことを二人でし合っているわけでは断じて無い。勘違いをしては駄目だ。二人は転がる大岩からやっとこさ逃げ切って呼吸を整えているところなのだ。
「……と、とにかくぅ、出口を探さないと……身がもたねぇ……」
「き、奇遇だな……ガキぃ……私も今同じことを考えていた……」
「おっさん……今度こそ迂闊に進んだりすんじゃねぇぞ……」
「貴様もな……」
にらみ合い、互いに確認。注意深く、慎重に進み始めた二人の視界にあるものが映った。
「あれは……」
「宝か!?」
それは間違いなく宝箱であった。大きさは成人豚一頭くらい、豪華な装飾のついた、アンティークものの長方形。現在はそれほど実用されていないが、公式の場や海賊の財宝伝説などに必ず登場する宝を、もっともイメージさせる存在である。
二人も瞬時にその事を理解し、動いた。
視線はそのままに、フブキがジオに足払いをしかける。足払いなんていっても、容赦のない鋭い蹴りだ。避けられたものではない。だが、ジオは軽く跳んでかわしていた。瞬間的に危険を察知し、ほとんど反射的に跳んでいたのだ。最早ジオのフブキに対する防衛プログラムは本能のレベルに達していると言っていい。一撃が外れたことを驚いているのはフブキだけではなかった。
ジオはとっさにチャンスとばかりに、空中で身をひねって回し蹴りをくり出した。もしかしたら彼は紋章術師よりも肉体的な職業を目指した方が成功するんじゃないだろうか、そう思わせる見事な蹴りだった。並みの運動神経ではない。
だが、それは浅はかだった。フブキはこれでも幾多の戦場を駆け抜けてきた猛者である、多分。娘第一主義で他はどうなろうが知ったこっちゃない自分勝手な性格破綻者というだけではないのだ、多分。
フブキはジオの右足を両手でがっしりとつかむと、蹴りの力を利用して回転し、壁に叩き付けた。
ボギャ。
あまり想像したくない音が迷宮に反響した。
「くわーっはっはっは! 若造が、この私に勝てると本気で思ったかぁ!」
勝ちどきを上げたフブキはさてと、と宝箱に向かった。すぐに決着がついたからか争いの原因を忘れていなかったらしい。珍しいことだ。
鍵はかかっていなかった。フブキにしてみれば鍵を壊す手間が省けて好都合だった。迷宮には罠がつきもの。しかし、また宝物もつきものである。心踊らせながらフブキは箱を開けた。
「ジオライトデスゲイザー!」
ゴギン。
ローリングソバットがフブキの後頭部に炸裂した。
「くっくっく、これはさっきのお返しだ。おっさん。どうだ痛いかっ!?」
頭部からダラダラダラダラ血を流しながら、ジオは不敵に笑った。フブキはむくりと起き上がってジオを睨み付けるが、その首は真横に九十度曲がっている。ご両人とも目が非常に血走っていてとても怖い。
「ふっふふふ。ジオライト君。今のはちょーっと痛かったかな〜、あっははは。……ねぇ、君。今、君がなにをやらかしたのか、ちゃんとわかってる?」
「いや〜、自分のしたことくらいわかっていますよ。おじさん。やだなぁ、そんな恐い顔して。娘さんに嫌われますよ?」
「あ、そーだね! 娘に嫌われちゃうよね! もう喧嘩はやめにしないとね!?」
「そう! もうこんな暴力的な行為はやめにしましょう! ぼくたちには平和的で明るい日常が待っているんです!」
双方満面の笑顔でしばし硬直。で、爆発。
「ふざけんなー、このボケッ! 貴様は七二時間耐久股裂きの刑に決定じゃぁぁぁぁ!!」
「上等だぁ、こんのクソジジイ! てめえなんざ全身をポエム帳にしてやるッ!」
フブキのナイフが飛ぶ。ジオはギリギリで横に飛んでかわし、風の紋章術旋風裂弾を放った。フブキは苦もなく片手で緑色の風弾を弾き飛ばし、ジオに接近する。フブキのナイフがジオの喉元を過ぎる。その瞬間、間一髪でジオはゼロ距離で全開の第二弾を発動させた。
どごぉぉぉぉん。
空気激震。狭い通路の中で解放された大気は圧倒的な風圧でもってフブキたちを薙ぎ払い、駆け抜けた。身体が軽々しく押し流されて石畳に叩き付けられた。全身がバラバラになりそうな程の衝撃が走り、二人はぐったりと横たわった。
「ぐ、くそぅ、おかしな術を使いおって……相打ち狙いか!?」
「ま、まだ生きてやがる。ジジイのくせして、丈夫、な野郎だぜ……」
息も絶え絶えに、それでも相手にとどめを刺さんと動こうとするが、強烈な風に堅い石畳に叩き付けられては指一本まともに動かせまい。狭い空間を吹き抜ける風の威力は通常の何倍にも匹敵するのだ。そればかりか二人は数々の迷宮の罠をくぐり抜け疲弊しているのだ。このまま気絶してしまっても無理のない事である。
と、動けない二人に迫るものがあった。先程二人の争う原因となった宝箱である。なにを隠そうこの宝箱は生まれてこのかた数十年、ひたすらミミック一筋に生きてきた筋金入りのミミックであったのだ。
……だからどうした、などと言われると辛いが、とにかくミミックは器用にひょこひょこと二人に近づくと、おもむろに、
ごっくん。
小気味良い音をたてて呑み込んでしまった。旨いのだろうか、という疑問は置いておくことにして、二人はミミックの中に広がる深淵をまたひたすら落ちていった。