第44節 ルナティック・セクシャル
一方その頃ルル・コリー組はと言うと、
「……ねぇ、ルルちゃん。今なにか聞こえなかった?」
「え? なにも聞こえなかったけど……」
「じゃあ、空耳かな。あの二人が酷い目にあっているような、例えば大岩に追いかけられながらたくさんの罠の中を駆け抜けていくような、そんな悲鳴が聞こえた気がしたんだけど……」
「とても具体的な感じだね」
「ん。まぁ、いっか、先に進もう」
とことことこと、石畳をひたすら進むとあるところで、槍は飛び出ているわ、矢は壁に刺さっているわ、壁が黒く焦げているわとすごい惨状であった。誰か罠にでもかかったのだろうか。いや、そうなら勿論あの二人しかいないが。
「これ、罠かな?」
「もう先にかかった人がいるみたいね。予想つくけど」
「これはこれで通り抜けづらいよね」
「そうね〜。私たちは奴らのように強引には突破できそうもないし。ちょっと危険だけど、気をつけて違う道にいこう。ルルちゃん」
「でも、コリーさん。ジオさんたちと同じ道進まないと離ればなれになっちゃうかも知れないよ」
「あのね。ルルちゃん。よーく聞いて。奴らはもはや人間でないのよ。奇奇怪怪。モンスター。爆走マシーンなわけ。そんな人たちと同じ道を歩いたら命が幾つあっても足りないわ!」
「……説得力有るような無いような……」
ルルは素直に否定できず、苦笑いした。
「とにかく。こっちの道をいこう、ルルちゃん」
「う、うん」
ぐいぐいとルルの腕を引っ張って進むコリー。今の彼女がなんでこんなにテンション高く、強引なのかと言うと、それは今大好きなルルちゃんと二人きりだからっていうことに他ならない。近頃目障りなシュリーも、お邪魔虫な連中も、誰にも邪魔されず二人でいられる絶好の機会なのだ。逃すテは無い。
「ふふふふふふふふ」
「コリーさん。なんか怖い……」
「ねぇ、ルルちゃん。この道狭いね♪」
「そんなにくっつかないといけないほど狭くないと思うんだけど……」
「ねぇ、ルルちゃん。私なんだか目眩がするの……」
「ええ!? 大丈夫? コリーさん」
「ん。もうダメ……。ルルちゃん。お願いだから、そばにいて……」
「うん。わかったから。弱気にならないで。ちょっと休憩しよう」
疑うという事を知らないルルは壁によって腰を下ろし、コリーはルルの膝で膝まくらした。ふふふ、と思わず笑みがこぼれる。
(よっしゃぁ! ルルちゃんの膝まくらゲットォ!)
「本当に大丈夫? 吐き気とか、する?」
ルルが心底心配そうに顔を覗き込んできた。いたわりの感情をのせたルルの表情もまた無敵である。コリーは「全然平気。だって仮病だもん」と白状しそうになって、慌てて紅く染まった顔を背けた。
「ちょっと気持ち悪いけど……少しの間こうしていれば大丈夫だと思う」
「無理しちゃダメだよ? コリーさんの身体の方が大事なんだから」
「うん……」
ルルの優しさがコリーの心にダイレクトに届く。コリーは仮病だということも忘れて、心地よい膝の上で一時の安らぎに身を委ねた。
(ああ、幸せ……。この幸せが少しでも長く続いて……)
カチャリ。
コリーがほんの少し身じろぎした足先のタイルが音をたてて沈んだ。なんだかとても嫌な予感がした。
「ルルちゃん! 危ない!」
コリーは機転を利かしてとっさにルルを突き飛ばした。せめて、ルルちゃんだけでも! コリーの心中は美しき自己犠牲の精神で満ちていた。
(ああ、ルルちゃん。これでお別れなのね。こんなところで、不意に別れるのは辛いけれど、ルルちゃんを傷つけるわけにはいかないの。貴方は世界の財産なのよ。世界の宝をこんなところで失うわけにはいかない。どうか、わかって。……せめて、私のことは忘れないでいてね……)
テンション高過ぎである。コリーはヒロイックに完全に酔いしれていた。
プシュー。
「……あ、毒ガス」
白いガスが噴射された。しかも、ルルに向かって。
悲鳴をあげるルル。代わって、コリーは言葉を失った。
「……え〜と」
白いガスが空気をも白けさせた。
(ありがとう。ルルちゃん! 動けない私を助けるために自ら罠に飛び込むなんて……、なんて素晴らしい人なの。私は決して貴方の事を忘れないわ、ルルちゃん。私たちは永遠に親友よ……)
コリーはとりあえず自己を正当化する為に手前勝手なことを心の中でぬかすのだった。
「ケホケホッ! なに、この煙……」
「あ! 生きてる!」
「あ、コリーさん。煙でよく見えないや。どこにいるの?」
「こっちよ。こっち。ここにいるわ」
嬉々としてルルを呼ぶコリーの顔に一抹の困惑の表情が浮かぶ。あれ、おかしい。なんだか煙に浮かぶシルエットがルルよりも若干大きいような……。
「こっち。こっち。こっちだって……あれ?」
白煙の中から現れたのはすらりと伸びた白い脚。まこと脚線美である。
「え……」
次第に煙は霧消して、完全に視界が回復した。だが、そこにルルの姿はなかった。
そこにいたのはグラマラスな体型の妙齢の美女であった。
腰まで伸びたアッシュブロンドの長髪。体にぴったりなタイトな服ゆえに窮屈そうに抑え込まれている豊満な胸。理想的にくびれた腰。柔らかそうな尻。先に述べたようにすらりと伸びた脚を持つ彼女は背も高く、絶世の美女と言っても過言でもなんでもない。
なにより、憂いを帯びた深い藍の瞳を持つその美貌は、全ての男の理性をとろかせる魔性の魅力を持っている。
人間の手ではつくり得ない。この美を目の前にしてはどんな芸術家も自らの力の無さを認めるだろう。
唯一無二にして至上。神々が起こしたもうた奇跡。具現化した美の女神が今ここに降臨した。
「わ……」
「わ? どうしたの? コリーさん」
美女の声はその姿に似つかわしく、美しい旋律のような響きをしている。
「私を抱いてぇぇぇ〜〜! お姉様〜〜〜!」
「え、えええええ!?」
驚愕の声もまた素晴らしい。対してコリーの声は欲望丸出しの黄色い声である。
実は無類の美少女美女好きだって噂のコリーにとっては正にストライクゾーンど真ん中だったらしい。あるいはこれも美女の魔力か。コリーは表情をだらしなく弛緩させながら熱い抱擁を求めてきた。
「ちょ、ちょっと待って。コリーさん一体どうしたの?」
「いやん。コリーさんだなんて他人じゃあるまいし。私のことはコリーって呼んで。お・ね・え・様♪」
ぎゅっ、と頬を擦り付けるように美女の胸の谷間に顔を埋もれさせるコリーだが、当の本人はとっても困惑してらっしゃるようで、おろおろと、どうしたらいいか戸惑っている。
「今日のコリーさんは、へ、変だよう。ごめん、許して〜」
「ふへへへへ、よいではないかよいではないかぁ〜♪」
精一杯コリーを振りほどき、逃げ出す女。本気で泣き出しそうである。だが、そんなことなど愛に盲目状態の少女にとっては意味のないこと。いや、むしろ、コリーの行動はいくらかオヤジっぽさが混じっているが。
「ああん。お姉様。どうか、お待ちになってぇ〜〜〜〜♪」
少女の声を後ろに聞きながら、懸命に走る女はようやく混乱する頭の中で一つの結論を導きだした。
(も、もしかして、ルルって今……)
「女の人になってる〜〜〜?」
ルルは逃げ続けた。現実からも逃げ出したかった。