第42節 マイペースな迷い人
暗い、空間。
夜ではなく、闇でもなくて、ただ暗い、という事実が浮き彫りにされたような世界。
その中を四人はひたすらに落ちていった。落下感とは少し違う。引き込まれるような感覚。
そして、いつしか彼らは気を失い、気付いた時にはヒヤリとした石床に寝転がっていた。
「ん……」
「あ、ルルちゃん気がついた?」
ルルは上体を起こして辺りに視線を巡らした。見慣れない場所だった。石造りの壁に囲まれていて全体が薄暗く、通路は薄闇の向こうに吸い込まれるかのように続いている。
空気はわずかに湿り気を帯びていて、どこか異質さを感じさせた。
ここはマジックアイテムの中に違いない。フィービー導師が持っていたあの箱に吸い込まれたのだ。でなくてはこの現状をどう説明すればいいのか。
コリーの主張をルルは納得して首肯し「あ、そういえばジオさんたちは?」と尋ねると、コリーは呆れ顔でルルの背後を指差した。
「あ!」
ジオとフブキは四つ手で組み合って互いを激しく罵りあっていた。
「この、くそじじいっ! テメェのせいでこんな因果律も働いてないようなところに連れてこられちまったじゃねえかっ! どうしてくれんだよ!」
「だまれ、クソガキ! それはこっちのセリフだ! 貴様が素直にその青臭い尻にナイフを喰らわねーから悪いんだよ! この蒙古斑小僧がっ! やーいやーい、蒙古斑〜」
「誰が蒙古斑だっ! オレの尻はごついぞッ!? この腐れじじいがっ!!」
「や、やめてください〜。二人とも〜」
「止めるな、ルル! こいつみたいな奴は一度痛い目を見せなきゃ反省しないんだよ!」
「はっ! 痛い目? やれるもんならやってみろ、クソガキ。貴様なんぞ十秒で半殺し確定だ!」
「言いやがったな! その言葉後悔させてやる!」
「やめてくださいっ!」
耳が張り裂けんばかりの大声に、騒がしかった二人も相手を罵ることすら忘れて声の主を見た。
ルルが健気にも精一杯の勇気を出し、身を震わせている。あな、いとほし。
「今がどんな状況か、ちゃんとわかっているんですか? こんな変なところに入れられて。なんにも悪いことしていないのに。喧嘩なんて、している場合じゃないですよ」
「ルル……お前……」
「小僧……、むぅ、そうだな。今はこんなクソガキとぐだぐだ言い争っている場合ではない。なんとしてでもこの意味不明な空間から脱出し、愛娘の待つマイホームへとアイウィルカムバック!」
「ああ、俺も一刻も早くアイちゃんの元へ帰らねば! そして、その暁には……」
『このうざったいやつをここに永久に閉じ込める!』
二人の瞳に同質の炎が宿った。
「うぉぉぉぉぉ! テメェには負けねぇ!」
「ほざけ! この万年脳味噌筋肉痛!」
「どっちがだ!」
互いにパンチ、キックなど放ちつつ並んで迷宮を進んでいく二人を見送り、呆れてものも言えないルルにコリーは瞳を伏して首を振った。あなたのせいじゃない。
「さぁ、私たちも行きましょう。ルルちゃん」
「うん……」
なにを言っても無駄な人たちがいることをつくづく感じたルルちゃんであった。
言葉は無力だ。
「ふふふ、久方振りの来訪者か……」
薄暗い迷宮の一室。魔法の灯火が微かに照らすその場所で、それはつぶやいた。
「丁重にもてなさねばなるまいな……」
嫌らしい笑いが如実に伝わる声音は闇に溶け、不気味な静寂が続いた。