第39節 二人はいわゆるバカップル
ある日の放課後のことである。
ジオとアイリーンは二人きりで教室にいた。
他の生徒たちは授業が終了するや否や続々と出て行き、今や誰も残っていない。夕方にはまだ少し早い時刻。皆は二人に遠慮して進んでこの場を立ち去ったのかもしれないが、そんなことは関係なかった。どっちにしろ、二人のワールドの中に他人が入り込むことなどできない。
「ジオさん……」
「アイちゃん……」
二人は見つめ合い、手を取り合って、教科書を開いていた。周囲には花びらが飛び交い、桃色の空気で窒息しそうである。はかなげな少女の黒い瞳に映るのは、赤銅色の髪をした精悍な青年。
アイリーンは視線を一時も離さずにささやく。
「ジオさん……、こことここの問題、難しくてわかりません」
二人は紋章術理論の勉強中であった。
「アイちゃん……、オレだってさっぱりだ……」
「二人して解けなかったら……困ってしまいますね」
「うん、困ってしまうな……」
「あたし……ジオさんとならいつまでだって困っていたいです……」
「オレも……同じ気持ちだよ」
「ああ! ジオさん……」
「アイちゃん……」
「ふざけんなぁぁがぁぁぁぁぁっっ!!」
我慢できなくなったフブキが二人の机を勢いよく裏返した。
「な、なにしやがる!?」
「なにしやがるだとー!? ンな事知るかーっ! てめえらよくもまあ、そんなに、はらわたが沸騰しくさるほどいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃドンドン! るがぁぁぁっ! 人間の言葉しゃべれや!!」
「いや、それはむしろおっさんの方だ! というか、なんでここに?」
「服役の代わりの奉仕労働で、ここの用務員をやっているのだ」
「……明らかに不適所じゃねえか」
「うっせぇぇぇ! 俺だってこんな生産能力のないガキがうだうだ集まってるところにいたかないわ! というわけで、くらえ、圧倒的少数により可決された天下ご免の教育的指導!」
刹那。煌めいたフブキの投げナイフはジオの背後の壁に突き刺さった。
「こらっ! また避けるな!」
「だから、無理だっての!」
「無理かどうかなんて殺ってみなきゃわからんだろうが!?」
「わかるわ! ド阿呆ぉぉぉ!」
次々と飛来する白刃をかわし、ジオは全速力で廊下を走り抜けていった。フブキが後を追う。
教室に一人残されたアイリーンは遠くの方でガラスの破砕音と壁の破壊音が響くのを耳にしながら、寂し気に瞳を伏せた。
(ジオさん……)
まなじりから、透明で純粋な液体がにじみ出てきていた。