第34節 子よりも家族の一大事
二日後。約束の日。
「お帰りなさい〜アーンド初めまして〜♪」
シュリーを連れて家の扉を開けたルルを待ち受けていたのは、きらびやかな宮廷儀礼の服をお召しになったママさんだった。
ルルの顔に影が差した。
「……お母さん。どうしたの、その服……」
「うふふ♪ へそくり使って買っちゃった〜♪ 似合う?」
どピンク甚だしい、ごてごて装飾のついた扇子を広げるママさんの服は例え女王陛下がメルヘンチックの悪魔に侵蝕されても着ないようなド派手な服で、そんな金があるなら景気回復にでも使え、と思わず言いたくなる。
だけど、ルルちゃんは優しい性格でいらっしゃるから表現も控えめで、
「……バタフライ夫人より、オパール夫人より、似合っているよ」
「うふふ♪ ありがとー♪」
「……どうやら見かけ以上に頭の方もお若いようだ」
ぼそっと、シュリーがこぼした。
「ところでルルちゃん。その可愛らしいってお友だちはどうしたの? 来られるはずじゃなかったの?」
「え? ここにいるよ?」
「どこどこ?」
「ここにいるってば」
「え〜と、ここにいるって、これ?」
ルルが指し示す先にはなんだかわからん部族の仮面をつけた人が一人。一緒にいるはずの『可愛らしい女の子』とはママさんの目には映らなかった。
「はい、母上殿。ここにいます」
シュリーが無表情に手を上げた。いや、仮面を被っているから表情が見えないのではあるが、それでもその声から仮面の下にある冷たい表情を推測できる。
「生憎と、自分で自分の顔は見えないので可愛らしいかどうか判断できませんが」
仮面の視線が、初対面の娘に母上と呼ばれてちょっとムッとした、ママさんの視線と真っ向からぶつかりあった。無言で立ち上るオーラ。ルルには二人それぞれの背後で龍虎の幻が威嚇し合うのを見た。
本能から危険なものを感じ取ったルルはシュリーの手をひいてさっさと自分の部屋に行ってしまう事にした。
「じゃ、じゃあ、ルルたちは部屋に行くから」
「え、ちょっと、ケーキも用意したのよ〜」
「あとで取りに行くよ」
言い残して廊下の奥にある部屋の扉を開ける。ママさんの趣味の花柄模様がピンクをベースに描かれている扉だ。部屋の中は予算の関係と、マリアの強固な反対によりなんとか質素な雰囲気を保っている。
まぁ、可愛らしい小物類はルル自身気に入っちゃっているからどうしようもないんだけど。 二人が部屋に入ると、ルルが家を出る前には無かったはずのものがあった。一瞬、ルルは部屋を間違えたのかと思った。なにせ、その物体は部屋中の空気を圧迫する錯覚を起こす程大きかったからだ。
だが、扉を確かめてみても、そこは紛れもなくルルの部屋だった。
シュリーは「ほう、なるほど」と、良くわからないがとにかく感心した。
ピンクのシーツのダブルベッド。
貴族の豪邸か、どこかの「未成年はダメよん♪」なお店にしか存在し得ないような大人っぽい香りを漂わせる豪華な代物がどで〜んと置いてあった。……こんな事をする犯人は奴しかいない。
「お母さ〜ん!?」
と、ルルが事の真偽を確かめる前に、
「あんたはまた、な〜に買っとるかぁ!!」
マリアさんのとび蹴りが容赦なくママさんの顔を側面から吹き飛ばしていた。
「がっ、げふぉっ! ……う、うう、ひどひ……ひどいわ。マリアちゃん。女の顔は宝石よりも価値があるのよ〜! なのに、自分の顔が母親の私の美貌に断然劣るからって蹴る事ないじゃない! もうお嫁にいけないっ!」
「二児の母親がなにを言うか! てか、行く気なの!? ああっ、それよりも! あたしが汗水流して働いたお金をどうしてこんなくっだらない買い物に使えるか教えて欲しいものね! お母さん!!」
難しいツッコミをさらりとやり遂げ、怒りを持続させる。
「だって〜、いくらルルちゃんでも一人用ベッドに二人じゃさすがに狭いかなあとか思って〜」
「アホかー! アホなのか〜!? あんたって人は〜!」
真っ赤になって巻き起こる怒りの嵐に身悶える姉に、恐る恐る声をかける。
「あ、あのお姉ちゃん。今日仕事は……?」
「……休みもらってきたわ。まったく、こんな事になるんじゃないかと思った。ルル、そのベッドには指一本触れないようにね! 返品するんだから!」
ぴしゃりと言うと、マリアは居間の方へとママさんを引きずっていった。ママさんはまだ名残惜しそうにこちらを見ている。
「パワフルなお姉さんね……」
「うん、なにせスカーレッツのナンバー三だから」
スカーレッツとは女王近衛隊の名前だ。かく母親の暴走に奮闘するマリアは王国内でもきってのエリート女剣士なのである。
ちなみにスカーレッツの隊員のほとんどは若いうちに結婚してさっさと退役してしまう。相手は王宮騎士団ブルーゲイルの隊員であることが多い。だから、スカーレッツに長年留まる者は希少なのだが、この分だと彼女は当分仕事をやめられそうになさそうだ。寿退社なんてとてもじゃないが、母親を野放しにするようで恐ろしくって出来やしない。
相手がいるかどうかって致命的な問題はとりあえず置いといて。
「とりあえず、部屋に入っていい?」
「うん、どうぞ」
シュリーは未踏の地ルルの自室へと踏み込んだ。