第33節 恋愛十段階
インダース地方に伝わる恋愛の十段階。
第一段階は相手を見て嬉しい事。第二段階は心の中で執着する事。段階を重ねるにつれてどんどんエスカレートしていって第十段階に至っては想いが膨らみ過ぎて『焦がれ死に』するというとんでもない説だが、あながち「嘘だ」とも断言出来ず定説の一つとなっている。
断言出来ない主な理由としては「ふふん♪ まだ君は本気の恋をした事がないんだよ」と一笑にされてしまうのがしゃくだっていうのが一般的だが、まぁ、この際それはそれとして。
今のジオをその十段階に当てはめるとしたら、二よりちょっと上。『ふとした事で彼女の笑顔を思い出す』といったところだろうか。
いつも通りに母と兄とテーブルについて、夕飯を平らげた後、彼は自室にこもって禁断のポエム帳を開いた。ポエムを書く時間は彼にとって至上のひととき。心に浮かびくる彼のバーニングソウルを筆の動くままに、全身全霊の力で、潔く、書き付けるのだ!
……ところが、いつもならそうなのだが、今日は気分がのらない。
胸に秘めた熱い激情は今も身体を焦がす程なのに、ポエム帳を覗く度、頭に浮かぶのはあの子の顔ばかり。
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!! 書けん! 書けないぞぉぉぉ!!」
ひたすら近所迷惑な雄叫びを上げれば、お隣のキングスさんちの赤ん坊が泣き始めて、キングスさんが怒鳴ってくる。
「あ、どうもすいません」
ジオは素直に謝った。
今度は静かに血潮をたぎらせるが、しかし、それでも感情は収まらない。ジオはその情熱を思う存分燃焼させるように夜の闇へと猛ダッシュしていった。
結局、ジオは『ひらめき』より『熱血』という事か。
導師から出された課題は開いてすらいない。
男の子なのに、女の子みたいに育てられて幾星霜。今日初めて、ルルはこの言葉を言った。
「あのね。今度のお休みに、家にお友だちを呼んでいいかな?」
その瞬間。二人の女のスプーンの動きが止まった。
「あらあらいいじゃないの〜、お友だちを家に呼ぶなんて素敵だわ〜」
「うん、うん。小さい頃から友だちは大事にした方が良いしね」
『で? その友だちは男の子? それとも女の子?』
異口同音。結局、二人にとってはそこのところが重要だ。
「女の子だよ」
臆面もなく答えたルルに(家に呼ぶのは一人か……)マリアはこほんと咳払い一つ入れて、
「えと、その子は可愛いの?」
「ん〜とね。可愛い子だよ」
「……ルルは、その子の事好き? その……どっちかって言ったら」
「うん。好きだけど?」
(やったわ!)
その瞬間。ルルちゃんのママさんは心の中で喝采を上げた。
(ここまでママが手塩にかけて育てた甲斐があったってものだわ〜。ルルちゃんも、ついに、ついに! 百合百合になるのね〜♪)
転じてこちらは姉のマリアさんの心の中。
(そうね……ルルももう十三歳だものね。ガールフレンドの一人や二人できたって不思議はないわよね。でもでも……あ、いけない! 涙が!)
素直に狂喜乱舞するママさんとしみじみと感涙気味のお姉さんを交互に見て、ルルはなんだか自分の予想を超えた誤解がちゃくちゃくと一人歩きしているような、はっきりしない不安を覚えた。
(なんだか二人とも勘違いしているような気がする……)
「ルル。今度の休みって言ったわよね? 大変! もう明後日じゃないの! 有休お願いしないと!」
「ママね〜。ルルちゃんたちのためにケーキ作っちゃうから〜、楽しみにしててね〜♪」
「え……? うん、ありがとう。お母さん」
本人以上に張り切る母と姉。ルルの今までの記憶によると、このパターンで幸せな結末が訪れた事はない。
(やっぱり断わろうかな……)
ルルはぎこちない笑顔を浮かべながら、そう思った。