第28節 二人の転入生
電灯はないが、伝統ある学士院。その教室。
いつもの最前列の席に座ったルルに、いつもと同じく隣に座ったコリーが心配そうに話しかけてきた。
「どうしたの? まだ、調子悪いの?」
「ううん。具合はもうよくなったんだけど……」
家計が火の車で、ちょっとした家庭崩壊の危機なんだ、とは話しにくい話題で。
あれから、目を醒ましたマリアは怒濤の勢いで母に説教した後に、熱を出して倒れてしまったのだ。こうなっては、今月は本格的に生活の危機である。しかも、それとは別に、ルルは姉思いの優しい性格。単純に心配なのだ。
(姉さん大丈夫かなあ。ふぅ)
と、一つ溜息をつく。
(物憂げな表情が……か、可愛いぜ、チクショー……)
密かに隣でぐっと拳を握る黒髪の級友に気づかず、もちろん教室中から集まる獲物を狙うような他の視線にも気づかず、ルルは級友に向かって、
「そういえばぁ、ルルがいない間に、なにか変わった事あった?」
「変わった事と言っても……」
と、コリーは逡巡し、
「あ、そういえば、歴史学担当のマクノロフ先生。こないだ入れ歯忘れてきちゃったのよ」
「またなの? こないだも忘れてきたよね。あの先生。他にはある?」
「他? 他と言うと……あ、そういえば、今日転入生が来る日だわ」
ルルは首をひねって聞き返した。「転入生?」
こんな時期に、こんな急に、どんな人が来るんだろう?
「あ〜、だからして〜、一流の紋章術師としては〜、勉強と共に協調性も大切なわけでもあり〜、また〜……」
ドッパラピッパラ導師の長い説法を聞きながら、おしゃべり好きのノートンは気付かれないようにこっそりとあくびをした。
つまんない話はもう止めにして欲しいものだ。熱心な学生でない彼は切実にそう思う。彼は貴族のたしなみといったやつで親に通わさせられているだけなのだ。彼にとっては紋章術よりも噂話の方が、遥かに価値がある。
「あ〜、それにしても、転入生は遅いなぁ、もうとっくに来ても良い頃なんだが〜」
と、話をひとまず切ると、がらっと教室の扉が勢いよく、開かれた。
果たして、そこに立っていたのは、ジオだった。……遅刻である。
期待した皆の顔が落胆に変わる。
「あ〜、サーバイン君。また遅刻かね。今日の理由はなんだね」
「はい! 導師様! 近道しようと狭い路地を通ったら野良犬の尻尾を踏んづけてしまい、今の今まで追い掛けられていましたのでぃす!」
「あ〜、そうか、そうか。わかったよ、サーバイン君。OKだ。さぁ、わかったから早く席につきなさい」
こめかみを抑えて、ドッパラピッパラ導師は苦い顔をした。相手にするだけ無駄だ、と思ったのだろう。この導師様はなにかとジオと相性が悪い。ジオは、毎回嘘は言ってないのに。
ノートンは笑いを堪え切れなかった。
ジオのお尻には、おそらく件のと思われる野良犬が噛み付いたまま、ぶら下がっていたのだ。
「……君は本当に私を馬鹿にしているのかね!? サーバイン君!」
と、ドッパラピッパラ導師が怒り、ジオが素で「へ?」と振り向いた時だった。
ドガゴォォォン!
豪快な破壊音と共に教室の窓側の壁が吹き飛んでいた。
「きゃあっ!」と隣のコリーが悲鳴を上げた。
教室中からも同様に悲鳴と動揺の波が起こり、教壇で話をしていた、ひ弱なオラディッテオ導師は衝撃をまともに受けて隅の方で目を回している。
もうもうと立ち上る粉塵の向こう側には、見覚えのある生徒たちとドッパピッパラ導師と黒板が見えた。ああ、つまり、二つの教室の境の壁が、半分程なくなっていた。
新手のテロだろうか。煙の中から動くなにかを認め、生徒たちは沈黙した。ここが二階だという事には誰も気付いた様子はない。煙も薄くなって、やがて姿を現したのは見知らぬ二人の少女だった。
「ねぇ……、シュリーちゃん。やっぱりこれ……失敗だったんじゃ……」
「……いやいや、自己紹介にはやはりインパクトが大事……。これで私たちの印象もば〜っちり……」
いや、別に本当にインパクトしなくても……。これでは少なくとも先生方の印象は、あにはからんや。
「……さて、皆さん。興奮覚めやらぬ内に御挨拶させて頂きます」
金の髪をボンボンで二つにくくって、なぜか厄災払いの仮面を被った少女が皆を見回しながら言った。
「私が……転入生一号。シュリー・ハイディ。十五歳。今年の目標は人に優しく、時には激しく……」
内気そうな、ヘアバンドをした黒髪の少女が顔を真っ赤にしながら言った。
「……二号です。あ、アイリーン・ロココクロスです……。よ、よ、よろしくお願……願い……ふぅ」
言い終える前に、アイリーンは緊張のあまりに卒倒した。