第27節 ルルくんちの家庭の事情
あの事件から三日後。
意外とジオ君の家が近所だという事が発覚したアリアンロッド宅では、全身打撲の傷も癒えたルルがウキウキと明日の授業の用意をしていた。明日は実に三日ぶりの学士院である。
風の噂によるとジオは自分たちを巻き込んで派手に自爆した次の日から、元気にピンピンと動き回っていたそうだが、線の細いルルにはそんな快活すぎな行動はできないとどっかの法則で規制されているのだ。無論、嘘だ。
しばらく会っていなかった友人たちの顔を思い出しながら、紋章学図解入り理論書を草色のポシェットに入れようとした時、スキップで部屋に入ってきた女性がいた。近所の奥様連中の間では若作りの天才と賞賛されているその笑顔の主は、ルルちゃんのママさんである。
「ねぇねえー♪ 見て見て〜。ママ、ルルちゃんの新しいお洋服買っちゃったぁ〜♪」
彼女が手に持つのはおぞましい程華やかに彩られた、どピンクのドレス。破壊的な逸品だ。
「あ、あの、お母さん。ルルは男の子なんだけど……」
「ダイジョーブよ〜。ママ、気にしないから〜♪」
頬に手をあてコロコロ笑う。現在のルルの可憐さ、しとやかさ、可愛らしい仕草、などは全て彼女の、女の子女の子教育の賜物である。言い換えれば、ルルを女の子っぽく育て上げた諸悪の根源だったりする。
「ほらほら〜着てみて〜♪」
「気にしないって言っても〜」
ルルは男の子なのに〜と泣きたい気分になったルルを助けるため、
バタン!
とドアを開いて救世主が到着した。
ルルをより凛々しく立派に成長させたらこうなるだろうか。どしどしとやってきて、呆気に取られているママさんからドレスを奪い取ったのは、ルルの八歳離れた実の姉、マリアである。
皮肉にも、弟より頼りがいのある、勇ましい女性に成長してしまった彼女は、ママさんの女の子教育にまっこうから対立し、失踪しくさった父親の代わりに、ルルが男らしく育つよう接している。彼女がいなかったら今頃ルルちゃんは完全なロリポップンと化していたに違いない。
「まったく! お母さんてば、また、こんな服買ってきて! ルルは男だって何度言ったらわかるの?」
「ええ〜だってだって〜、似合うと思ったんだもの〜」
「例え似合ってもダメ! ルルは男の服を着るの。ね。ルル。そうでしょ?」
「う、うん……」
ずずい、と姉が顔を近付けた分、遠ざけるルル。その態度をどうにかしない限り、女の子と間違えられる日は遠そうである。別にこのままで良いって人たちも彼の周りには多々いるが。
「しっかし、こんなお母さんの趣味を形にしたようなの、よく売ってたわね」
「もち、オーダーメイドよ〜」
ガクン、とマリアの肩が落ちた。
この母の浪費癖は全く直りようがなく、信用がおけないので、マリアがアリアンロッド家の家計簿及び財布の紐を握っている。最近はおとなしくしていたので、安心していたのだが、うかつだった。
「へそくりだけじゃ足りなかったから〜、金庫のお金ちょっと使っちゃった♪」
「い、いくらよ……」
「三〇〇ベル♪」
外食一人前が三ベルの時代である。きちんと使えば人一人、一ヶ月食べていける金額だ。
ちなみにこの母子家庭の働き頭はマリア嬢で、ママさんはろくに働かず、ルルちゃんは学士院に通っている。
ランプの油代の他に、ルルの学費も納めなきゃならないのに……。
しかも、オーダーメイドなら返品も効かないだろう。一瞬、くらっと意識を飛ばしかけたマリアに、
「あ、そうそう〜。リボンも買ったのよ〜。二つで八〇ベル♪」
追撃。今度こそマリアは卒倒した。