第23節 地獄の仔犬
「さて、説明してもらおうか」
紋章術の風に吹き飛ばされ、床に叩きつけられ、打ち所が悪ければ大事に至ってもおかしくない状況だったというのに、ダメージからいち早く復活したジオはランプを囲んで兵士たちを問い詰めた。
もう夜も深い。
ぴんぴんしているジオの前には、ふらふらしているルルと、すっかり抵抗する気をなくしたジャガイモが座っている。
「実は……」
と、ジャガイモが話しかけると、ジオとの間に割って入るものがいる。
それは全身を青黒い毛に覆われた子犬だ。子犬は、ジャガイモを守るように毛を逆立てて精一杯吠え立てている。
「なんじゃ、こいつは?」
と、ジオが顔をのぞき込むと、子犬は口を開けて人差し指ほどの火を吐いた。
「ヘルハウンドだ!」
ルルは叫んだ。驚いてのけぞっていたジオは、口をパクパクして説明を求めた。
エキドナ系魔犬属、ヘルハウンド。地獄に通ずる門を守るとされるモンスターで、外見は真っ黒い毛並みと真っ赤な瞳を持つ犬。口から放たれる灼熱のブレスは鉄をもたやすく溶かす地獄の業火。金銀財宝の類を収集する癖がある。
スウィートポテトが隠れていたもの陰から連れてきたのだ。
ヘルハウンドをなだめると、ジャガイモたちは真相を自白し始めた。ことの始まりは十日程前。道端に捨てられていたヘルハウンドの子を捨て犬だと思って拾ったのが始まりだったそうだ。拾ってすぐに髪を焼かれてひどく慌てた。
「……なるほど。じゃあ、この子が事件の犯人さんだったんですね。アローンさんの骨を盗んだのは……」
「美味そうだったんだろうな」
「この子、いくら首輪でつないでも、すぐに鎖を焼き切って逃げるんでやんす。そして逃げたと思ったら、いつのまにか帰ってきていてその度に盗んだ物が増えていったでやんす」
ヘルハウンドが盗んできた物は持ち主がわかっているものから順に匿名で返していたらしい。だがそのうち返却のスピードが窃盗のスピードに追いつかなくなって、お手上げ状態になったそうだ。
「それなのに、なんでこっそり飼っていたんです? 事情を話して、国に保護してもらえば良いじゃないですか?」
「ヘルハウンドは危険指定特級モンスターだからな、どういう経緯で持ち込まれたのか知らんが、存在が知れた時点で殺される危険があったずら」
「内乱終結後、大臣派の中心人物はほとんど宮廷から排除されたでやんすが、それでもいまだに異種族・モンスター排斥の思想を掲げる連中は残っているでやんす。連中に目をつけられたらと思うと、怖かったのでやんす」
「そういった事情にやたらと詳しいビクトレガーのおやじに、詳細は教えずにさりげなく相談したら、こうするようアドバイスされたずら」
「……また、あのおっさん、ろくなことしねぇ」
こうまで自分に厄介ごとが降りかかると憎しみすら湧いてくる。
「だけど、個人単位でいつまでも隠しておける代物じゃねえだろう? どうする気だよ」
「どうするって……」
既に、ジャガイモとスウィートポテトはてっきり王都警察に通報されると思っていたのできょとんと顔を見合わせる。ジオは声を荒げた。
「お前らはどうしたいんだ! こいつをこのまま飼いたいのか、それとももう投げ出したいのか!」
「もちろん、手放したいとは思っていませんよね……?」
「そ、そりゃあ……正直、愛着も湧いてしまっているし、離れたくないという気持ちもあるにはあるでやんすが……」
「やはり、親は捜すべきずら。それがもっとも自然な形なのずら。しかし……」
「じゃあ、決まりじゃねえか。王宮に行くぞ」
『え?』
声をハモらせた三人の顔を見回し、
「これ以上、盗みがなんだの面倒起こされても迷惑なんだよ」
いけしゃあしゃあとジオは言う。
「離れたくないとか、親は捜すべきだとか、ちゃんと意見があるなら、それを言やあいいんだよ、きっちり、はっきりとな! んで、それでもゴタゴタぬかすようなやつがいればぶん殴ればいい。オレが許す」
ジオらしい考えなしで、実に安易な考え方だった。つまりは出たとこ勝負。悩んでないで、主張しろ、と言うのだった。
呆気にとられる兵士たちの横で、ルルはなんだかにこにこと自分の顔がほころぶのを感じた。