第22節 男だったら
あれはもう五年前になる。先王クレゼガノス暗殺を発端とする内乱。
王室派と大臣派、王宮を二分する一連の騒乱は二ヶ月後王室派の勝利によって終結し、直後、弱冠十一歳の女王ラヴィアンが忠臣たちによって擁立された。厳かに催された女王の戴冠式に、宮廷紋章術師として当然列するはずのジオの父の姿はなかった。殉職したのである。
幼い女王を守るため、炎の中に身を躍らせたのだと聞いて、考えなしでどうしようもなくまっすぐな、あの父親らしい最期だと残された家族は思った。
ジオは字が汚かった。当時もう進学を決めていた、紋章学部への進学希望書も、何度も父親に言われて書き直したものだ。そういう父も字は汚かったくせに。だが、いざ希望書を提出する段階になって、父親はいなくなっていた。ジオは自分の判断で、もう一回清書するか考えなくてはならなくなっていたのだ。
(……ったく、うざかったな、親父の野郎。なんでも安請け合いしやがって、その上強情で自分の信念は曲げねえ。そんなんだから貧乏くじを引くはめになるんだよ)
ジオは父親を思い出して苦笑いを浮かべる。
(だが、嫌いじゃなかった。むかつくけど、大嫌いじゃなかったんだ、親父)
ジオは書きかけの植物紙をくしゃくしゃに丸めて放り捨てた。咎める口調のジャガイモに対して、言う。
「うるせーよ」
頭の中を焼き尽くすような灼熱が踊りまわっていた。一度は沈静化していた熱い血が、再び全身にたぎり、ジオは今の気持ちを端的に表す行為をした。中指を立てる。
「オレに指図できる男は、死んだ親父だけだ!」
精神を集中し、体内を巡る見えない力を感じ取る。魔力と呼ばれるその力は、宙に描く紋章に添って内側から緑光を放つ。
ジオは実はちゃんと発動できる紋章術は一つしかない。落ちこぼれと言われる理由の一つだ。だが、だからこそこの術には絶対の自信がある。発動を失敗したりしない。
「紋章術かっ!? ま、待つでやんすっ! そんなもの使えば、このか弱い女の子まで巻き込むでやんすよっ!?」
(……ルル、また女の子だと思われてる……)
がっくりするルル。
「そいつ、男だぞ」
「ええっ!? マジでやんすかっ!?」
驚いた拍子に、ついつい股間に手を伸ばして確認するジャガイモ。
「ふにゃ!?」
ニギニギ。
「ほ、本当でやんす……」
「さ、触ることないじゃないですか〜!」
真っ赤に赤面して泣きべそをかきそうになるルルに、
「おい、ルル!」
「は、はい!」
「オレは今から、そいつを術でぶっ飛ばす。んで、お前も巻き込む!」
「はいっ……って、ええ!?」
「うるさい! そんくらい耐えてみせろ! お前は男だ。やればできる!」
ジオの言葉に、一瞬ルルは呆然としたが、弾かれたようにうなずき返した。
「よし、いい顔だ。いくぜ!」
「え、まだこっちの心の準備が整ってないでやんす!」
「問答無用! くらえ、必殺! エアリアルバレットォォォォ!!」
気合の入った起動呪文を唱えた瞬間、完成した紋章はまばゆいばかりの輝きを放ち、ジオの両手の内に巻き起こった風の球体は異常な程膨れ上がって、放たれると同時に凄まじい風圧で辺りの空気を根こそぎ吸い込んで盛大に破裂し、強烈な衝撃波と爆音を周囲にまき散らした。
ドゴォオオオオオオォォンッ!
本来なら下級系統に位置するこの術はそれ程強力な効果をもたらすわけではないのだが、余りに精神力を高めすぎたジオの情熱と根性とがこの威力を生み出したのだろう。
これもジオを落ちこぼれたらしめている理由の一つだ。術のパワーコントロールができない。
枯葉のように宙を舞った三人は、豚肉を軟らかくするためにまな板に叩きつけたときのような音をたてて、石畳の上に落ちた。
かろうじて暴風に耐えたスウィートポテトは慌てて三人の呼吸を確かめたが、無事だとわかるや今度は呆れた顔になって、拾っておいた植物紙を取り出す。
さも満足げに気絶している青年を見ながら、つぶやく。
「むちゃくちゃなところばかり、そっくりずら、この親子は……」