第20節 イモイモコンビはデコボコで
「なんでそんな嘘を……なんで盗んだりしたんですか。盗むのは悪いことですよ」
「ま、待つずら。実はみんな冗談ずら。おれは盗んだりしてないずら。それは拾ったんずら」
「ええい、今更言い逃れとは見苦しいぞ!」
「本当ずら。なんなら出るとこ出てもいいずら。というか、よく考えればおれは官憲ずら」
社会的発言力は自分の方が勝っていることに気づいた兵士は途端に強気になる。立場上、この派手な入れ歯を始めとする品々が本当に盗まれた物だとしても、この兵士が盗んだという確固とした証拠がない以上、パトロール中に発見したと報告すれば済む話だ。
だが、そうなってはいけない。明らかにこの兵士の態度は怪しいのだ。
「おれは、なにもやましいことなどしていないずら。人を疑うのもいい加減にするずら。」
どうしたら本当のことを言ってもらえるのか、ルルが悩んでいると、
「あいつまた盗ってきたでやんすよ! どうするでやんす? 今度はまたこんな高そうな物を……」
男が一人路地から現れた。親しげな態度は、ジオでもルルでもなく、兵士に対してのものだろう。昼間詰め所でルルたちの応対に出たジャガイモ顔の兵士だった。
「……えっと、取り込み中でやんしたか……?」
ルルたちのすぐそばにいる兵士が頭を抱えた。向こうがジャガイモ顔なら、さしずめ、イモつながりでこちらはスウィートポテトか。そう考えると、途端にこの兵士の顔も野菜に見えてくるから不思議だ。
「見ろ! 共犯のお出ましだ! もう言い逃れは出来ねーぞ!」
「待ってくれずら、これは違うんだずら!」
「なにが違うって言うんだ。そういうのは外れたって言うんだろ、もくろみがよ!」
「だからそうじゃないずら、人の話を聞けずら!」
「そうやって出てくるのは、お前らに都合のいい事実だけなんだろ? もう、言い訳だのごまかしだのはたくさんだ! オレは、ただ、真実を知りたい。わかるか? てめえらの事情なんか聞く耳持たねえってことだよ!」
ジオは大仰に啖呵を切った。スウィートポテトは呆然とジオを見つめていたが、にわかに瞳の色を取り戻したかと思うと、
「わかったずら。口で言ってもわからんような、わからちんには、理解するまで殴って教えてやるずら」
革鎧を脱ぎ捨てた。
「これでおれは兵士ではない。一人の男ずら。来い、身の潔白は、拳で証明するずら!」
「……へぇ」
「ダメですよ、ジオさん。ケンカは良くないって、母が言っていました。暴力は野蛮です。暴力を振るうなら、ジオさんも野蛮です」
「言うじゃねえか、ルル」
ジオはにやりと笑って、
「だが、あいつが勝ったら、白。オレが勝ったら、黒。野蛮だろうが、これ以上すっきりした方法があるのかよ。いいぜ、拳、わかりやすい」
そして。
理屈も弁護もなにもない、男たちの裁判が始まった。意味のある言葉を交わすことはなく、ひたすら拳の応酬をするのみ。
勝てば官軍。男のルール。常に勝利者のみが歴史を築く。
ジオの拳がスウィートポテトの右頬をとらえたかと思えば、スウィートポテトの膝蹴りがジオの腹部にヒットした。拳の応酬などといって、足も使っているじゃないかという茶々が入る隙はない。ルルとジャガイモを完全に取り残して、男同士の熱い魂のぶつかり合いが続いた。
「……なかなかやるな、あんた……」
「……お、お前こそずら」
精神の交流を終えた二人の心にはいつしか友情が芽生え始めていた。
吹雪いた夜に積もった雪が、やがて溶け出して穏やかな清流になるがごとく、妙に清々しい気持ちになった二人は、どちらからともなく手を差し出して、はにかんだ笑みを浮かべながら、硬い握手を交わした。
二人の体からはなぜかすさまじい勢いで湯気が立ち上っている。
「あんたの気持ち。しかと受け取ったぜ」
「ああ、それは、おれのほうこそずら。お前がどんな男なのか、既に知っている気がする」
「じゃ、お前の負けってことで。有罪ね」
「ああ、どんとこいずら」
「いやいやいやいやいやいや、ちょっと待つでやんす!? なーんかそれ、おかしいでやんすよ!? 意味わかんないでやんすよ!?」
「うるせえな、外野は黙ってろ」
「そうだそうだ、この体脂肪率二五パーセント男」
「ぬおっ!? さらりと個人情報を流されたでやんす!?」
まっとうなつっこみを入れたつもりのジャガイモ兵士は思わぬ反撃を受けてたじろいだ。いや、まっとうだっていうのはあくまで客観的な意見にしか過ぎないのかも知れない。拳と拳で語り合った二人にとって、ジャガイモ兵士の言葉はあまりに無粋なのだろう。
だからといって、このまま一緒に有罪にされてしまうジャガイモ兵士は黙っていられるわけなかった。
「よく考えでやんす、オランダン! 確かに、わてらに非がないとは言えないでやんす。いずれ、なんらかの罰を受けるかもしれない。それは、初めから覚悟していたことでやんす。でも! 今、わてらにもしものことがあれば、あいつはどうなるでやんすかっ!?」
「あいつ……そうか、あいつか!」
「わてだって、なにも我が身かわいさだけで言ってるわけじゃないでやんす。しかし、今のわてらはあいつの運命さえ背負っていることを知るでやんす。お前だけの体じゃないでやんすよ。あいつのこと、考えてやるでやんす」
ジャガイモの長いセリフを聞いて、ルルは少し顔を赤くしながら思う。あいつとは誰か。
(恋人さんがいるのかな……)
ジオは眉を寄せて思う。あいつとは誰か。
(こいつ、妊娠してんのかな?)
しかし、どう見てもスウィートポテトもジャガイモも男にしか見えないので、そうではないようだった。ジャガイモはちょっとおなかが怪しいが。
「だが、ワーキー、いつまでも隠し通せるわけもないずら。国の良心を信じて、引き渡してはどうだろう? エサの調達もバカにならんし」
「なっ! お前、本気で言っているでやんすか!? 見損なったでやんす。お前は動物愛好者の風上にもおけないでやんす!」
エサの調達?
動物愛好者?
降って湧いた単語にルルとジオは顔を見合わせる。どうにも誤解があるようだ。この二人は単純な窃盗犯ではないのか?
困惑している隙をついて、ジャガイモはルルを背後から締め上げた。強い力だ。ジャガイモはこれでも成人男性な上にまがりなりにも体が資本の兵士なわけで、非力なルルではとてもじゃないが、振りほどけない。