第19節 兵隊さんは嘘がヘタ
「そこでなにをやっているずら!」
ランプの明かりが、ルルとジオの目を焼いた。
突きつけられた光にようやく目が慣れると、そこにはひょろりと背の高い男が立っていた。服装からして、警備の兵士のようだ。パトロール中なのだろうが、腰には大きめの皮袋を吊るしている。
「あの、ちょっと探し物をしていたら道に迷っちゃって……」
「ん。迷子ずらか……」
「いや、永遠のさすらい人だ」
「格好よい呼び方にしても迷子は迷子ずら。子供はあまり夜歩きするべきでない。家はどの辺りずら? お兄さんが送って行ってやるずら」
兵士は水の中の魚のような速さでルルたちと壁との間に回りこむと、急かすようにルルたちの背中を押した。兵士の体越しに見たが、毛むくじゃらの音の主はいなくなっていた。
(兵隊さんに見つかっちゃった。どうしよう、今日はもうダメかな)
兵士とはつまり警官で、おまわりさんで、ルルにとって逆らっちゃいけない人である。アローンに対する使命感に燃えてここまで来たが、母も姉も心配しているだろうし、今日のところは諦めるしかないか、とルルがジオに同意を求めた時、
「俺の後ろに立つなぁぁぁああ!?」
「へばあぁあ!?」
ジオは無分別な若者の暴走を兵士の体に教授していた。
「ちょ、ちょっと! ジオさんっ!?」
「……実はオレは臆病でね。背後に立つ者に反射的に攻撃しちまうんだ」
「そんな設定は初めて聞きましたけどっ!?」
「当然だ。お前ごときにその情報に触れる権利は与えられていないからな」
「……えーと」
「それはさておき、どうする? まがりなりにも兵士を殴ってしまったわけだが……今のうちに証拠隠滅といくか?」
自分が殴り倒したこともさも仕方がなかったかのようにジオは言う。前向きではあるが、その態度に反省の色は見られないし、いきなり背後に回られて本気で『びびった』というのも隠し通す気でいる。
「そんな……悪いことしちゃったら、ごめんなさいしなきゃダメですよ、ジオさん。ルルも一緒に謝りますから」
「うーん、仕方ねえなぁ……」
さすがに自分が悪いことをしたという意識はあるので、ジオは観念して気絶している兵士の顔をはたいて起こそうとする。ルルはその様子をドキドキしながら見守っていたが、兵士はなかなか目を覚まさず、ジオの手がついに握り拳になったところで慌てて止めに入ろうとして、足先に転がっている物に気づいた。
一見しただけでは派手すぎて、それがなんなのかわからなかった。他にもいくつか散らばっていたが、ルルは一番目立つそれを拾い上げてカパカパと動かしてみて、ようやくその正体に思い当たる。
しかし、これはこの兵士が使うものではないだろう。親の形見だろうか、と思っているとルルはその部分を見つけた。ピンと来るものがあった。
「……悪い夢を見ているようずら」
ようやく意識を取り戻した兵士の頬には赤い拳の跡がついていた。
「頭の悪そうな、身長の低い子供に暴行を受ける夢を見たずら」
「ほほぅ……それがてめえの遺言か?」
「ジオさん落ち着いて! あの、それより聞きたいことがあるんですけど、これ、あなたのお父さんの物ですか?」
ルルは手に持った物を差し出しながら尋ねた。ルルの手の上には、本来歯があるべきところに金銀宝石が埋め込まれた絢爛豪華な入れ歯があった。
兵士はあからさまに動揺して、
「あ、それずらかっ!? えーと、それはずらね……えっとねー……」
「名前が書いてあります。お父さんじゃないのなら、あなたのおじいさんの物ですよね?」
「そ……そうそうそう、そうずら。うちのじいさんの形見ずら」
「実際に使っていたんですか?」
「そんな派手なもん使うわけないずら」
「それにしては使っていたみたいに少し汚れがついていますね」
「え……あ! あーあー、そういえば! うちのじいさんはたまにボケてはめていたずら!」
「結構新しいですね」
「じいさん、晩年につくったずら」
「なるほど。一昨年の年号が刻まれています」
「おい、ルル、そんなことどうでもいいじゃねーか」
と言いかけるジオにルルは目配せして、黙ってもらう。ジオは頷いて、散らばっている中から手ごろな武器になるような物を探し始める。誤解していた。
「……あ、ここに名前が彫ってあります。これがおじいさんの名前ですね、ブレンダン・G。苗字がイニシャルだ。なんて姓ですか?」
「うちはオランダンずらが……じいさんは養子だったからそっちを彫ったかも知れないずらね〜」
段々とオランダンという兵士は調子に乗ってきたようで、顔には余裕が浮かびつつある。どうにかごまかせそうだ、オランダンの顔にはそう書いてあった。この場さえどうにか切り抜ければ後はどうにでもなるのだ。
「あ、すいません。名前間違えました。ブレンダンじゃなくてブレンダでした。女性名ですね。養子になったときに性転換もしたんですか?」
「そうずら。うちのじいさんは実はばあさんで……」
「……」
「……」
「……一手待って欲しいずら。間違えたずら」
「いや、チェスじゃないんですから」
「くっ、言葉のあやを使った巧妙なトリックずら。なかなか頭脳明晰ずらね。おれとしたことが、まんまとはまってしまったずら」
「最初からバレバレだったじゃねーか」
ジオはみもふたもないことを言う。