第18節 野ざらしアローン
ライクと別れてから、ジオたちはまたしばらく探し物を続けたが、見つからず、夕陽が沈みゆき、一番星がちらつく頃になったので、今日はひとまず解散という事になった。
コリーは学士院寮の寮生なので早々に別れ、ルル、ジオ、二人連れ立っての帰り道。
昼間はたくさんの人で賑わうアーケードも、今は足早に家へと急ぐ人がちらほら見えるだけ。詰め所で話したジャガイモ似の兵士が、皮鎧を脱いだ私服姿で先を歩いている。警備も交代の時間だ。そろそろ姉さんも帰ってくる頃かな、とルルは思う。街灯に照らされた影が伸びたり消えたりした。
夜気は身を冷やす。呼気はわすかに白く濁り、石畳に靴音が響いて消える。窓からもれ出る団欒の気配が家族のもとへと二人をせかし、温かなスープを頭にちらつかせた。
通り過ぎていく明かり。
かつん。
妙に耳に障る物音が聞こえて、不機嫌なジオと、ジオを励ますルルの会話が途絶えた。
「……今なにか、聞こえましたよね?」
足を止めたルルがジオに問いかけるが、ジオは答えない。沈黙が空間の闇を増大させている。荒い呼吸音。ジオに異変を感じて顔色をうかがうと、ジオは顔面蒼白、むき出しの瞳は焦点が定まらず、歯はがちがちと打ち鳴らし、血管の浮き出た拳がぶるぶると震えている。
「……あの、ジオさん……?」
「わっ! なんだ、ルルか、いたのか、お前。いるならいるって言えよ」
「あ、います。というか、今日はずっと一緒なんですけど……」
「そ、そうだっけ。じゃ、いいんじゃないか。はははは」
乾いた笑い声が暗闇に支配された通りを横切り、つられてルルも笑う。
かつん、かつん。
連続して響いた物音が、二人の笑いを中断させた。
二人は恐る恐る音の聞こえた建物と建物の隙間の暗闇を見た。だが、なにも見えない。
「な、な、なんだ。そ、空耳じゃねえか!」
「で、でも、ルルも聞こえたよ……」
見合わせて、ごくり、と息を呑む。
「そ、空耳だ、空耳。さもなくば幻聴! おばけなんてないさ! おばけなんて嘘さ! 寝ぼけた人が見間違えたんだー!」
「……そこに……誰かいるのですか?」
「ぎゃあぁぁぁっ!」
ジオは悲鳴を上げてルルに飛びついて、ルルは全身を凍らせてがたがたと震えた。
「おばけなんて嘘だ。幻聴だ。空耳だ。オレに甘いケーキをよこせっ! 落ち着かせろ!」
「これは夢。夢だよ、うん。羊が一匹、羊が二匹、羊が三瓶……です」
二人は目を逸らせない。そのうち、目が薄暗いのに慣れてきて、路地の暗がりにぼんやりと白いものが浮かんできた。
二人は息を呑んだ。そこでは、闇に縁取られ白く浮き上がる骸骨が、片腕だけを地面に這わせて、かつんかつん、とバラバラに散らばった自らの骨を組み上げていた。
「……あのぅ、僕の骨……知りませんか?」
「うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「わわわっ……って、もしかして、アゼンおじいさんのところのアローンさん?」
「ふへ?」
ジオが間抜けな声を上げた。
「あ、君はアリアンロッドさんの息子さんですね。よかった〜。もう暗くなってきたので、一人で心細かったんですよ」
(だからって、か細い声を出すなっ!)
お前のほうがよっぽど怖いわ、とジオは内心怒る。
「どうしたんですか? こんなところでバラバラになって」
「実は、買い物の帰りがけに路地でなにかがごそごそしているのが見えたので、なんだろうと 思ってのぞいてみたら、急になにかが飛びかかってきまして。ぶつかってバラバラになっちゃったわけなんです」
「あ、じゃあ、ルル手伝います」
「ありがとうございます。でしたら、お願いがあるんですけど」
「お願い? って、なんですか?」
「その、飛びかかってきたのが、僕の大腿骨、持って行ってしまったんです。他のいくつかの骨も一緒に。このままでは、立ち上がるどころか、エネルギー循環の関係でスリープ状態に強制移行してしまうんです。お願いです。取り返してきてくれませんか?」
請われて、ルルはすがるようにジオを振り返った。
ルルはアローンを手助けする気持ちは満々なのだが、もうだいぶ暗いし、一人でその骨を持っていったやつを捕まえられるとも限らない。今日一日ジオの探し物の手伝いをしたことだし、おかえしにジオもアローンの骨を探す手伝いをしてくれないかな、という視線だった。
ジオはもちろん嫌だった。
面倒くさいし、肌寒いし、アローンに義理もない。ルルはジオのあれを探すのを手伝ってくれたが、それはそれだ。ジオはなにより自分の意思に従う。
「断る」
と、言おうとして、
「どうか、お願いします〜」
おどろおどろしいアローンの切願によって、ジオはとっさにこう答えていた。
「わーっ! 我が輩にお任せください! サー!」