第16節 親切な便利屋さん
と、ルルが頭の上に疑問符をいくつも浮かべていると、遠巻きにこちらを見ている見知った顔を見つけた。
「あ、こんにちは。ライクさん」
呼びかけられて観念したのか、青い髪の青年はさも今気づいたかのようにルルたちのもとへやってくる。筋の通った鼻梁にのっかった丸眼鏡の向こうには、普段どおり柔和な笑みを浮かべているから、もしかしたら本当に今気づいたのかも知れない。
「やあ、一昨日は災難だったね。あれから体に不調があったりはしないかい?」
「はい、おかげさまで。ライクさんは?」
「僕の仕事は体が資本だからね。悪くしてもいられないよ。たとえ腰が痛くなってもね」
どう見ても二十代、実際に若いくせして、ライクは時々妙に年寄りくさい雰囲気を漂わせる。人一倍苦労をしてきたからか、誰に対しても親切になれて、誰からも信頼を得ることができる。笑いじわでも刻まれていそうな笑みはフレンドリーな関係を築く。
「こちらは?」
ライクとは初対面のコリーが紹介を求める。どことなく硬い声音。
「あ、名乗るのが遅れてすいません。僕の名前はライク・ライアット。ケープジャスミン通りの香花亭という宿に下宿していまして、便利屋という職業を営ませてもらっています。ご用の際には是非……」
「一昨日にはルルたちを助けてくれたんだ」
お互い挨拶を済ませて、コリーの態度は軟化した。どうやらルルと親しげな言葉を交わすので警戒心が高まっていたようだ。四人はそれから会話を続け、なにをしていたのかという話から、ジオの探し物に移り、ライクに頼んではどうかとルルが思いつくに至った。
「うん、それなら協力できるよ。手帳を見つけたらとっておけばいいんだね。僕は四六時中街の中をうろうろしているから、探し物は得意だよ。ああ、いいよ、いいよ、代金は」
「でも、それがライクさんのお仕事でしょう?」
「今は子猫を探しているんですよ。手帳探しはそのついで。あくまでついでだからね」
「オレの大切な手帳をついでだとーっ!?」
「そこで、なんでいちゃもんつけるの!」
コリーがジオにつっこむ様を嫌味なく笑って、なんとはなしにルルの髪を撫で、ライクは立ち去った。どことなく、夏の始まりのような爽やかな風を感じる去り際、冬だけど。
ライクはルルのような子供にも丁寧な物腰で、にこにこ笑って、世間一般に言われる男らしさとは無縁に思える。だが、ルルは穏やかなライクの態度に度量の広さを感じた。どんなに酷い出来事も許してしまえる温かな懐。
(ライクさんみたいな、男の人も格好よいよね)
女の子に間違われてしまう自身へのコンプレックス。女の子みたいな顔も、声も、体も、性格も、仕草も好きになれない。かわいいものは好きだけれど、かわいいものが好きな自分は好きじゃない、二律背反。
自分の未来理想を求める少年は憧れを抱いた。
(父さんもあんな人なのかな)
ルルの隣で、ジオは逆にライクに対して反感を抱いていた。
物分りのよい態度。子供に対しても低姿勢。
居丈高に子供に命令する大人がいれば、それはそれで反抗するだろうが、人と接するときは常にクッションを携帯しているような、あの態度も気に食わない。
うまくいっていない自分の、単なるやっかみかも知れない。
あんな風に人当たり良く生きていけば、無用な衝突もなく、もっとスマートにやりたいことができるのだろう。
正直、踏んだり蹴ったりである今の状況を思えば、うらやましいことだ。でもどこか抵抗感がぬぐえない。
大人と子供の境目に立つ青年はことさら心をかき乱す。
(オレの親父はあんなんじゃない)
ずっとライクの背中を見つめている二人に挟まれて、話しかけづらいものを感じて、コリーはしばらく居心地の悪さを視線で訴えていた。